彼の機嫌が良くなってよかった

 今日来るのは同期の元イツメン6人と、菜々の隣の部署で働いている岡崎彩子だ。

 サオリンこと福田沙織は入社後数年で寿退社し海外で主婦に、板倉麻衣も割と早くに辞めてWEBのライターに転職していた。ふたりとは、もう数年会っていない。

「お。さっそく板倉が俺たちのことツイートしてるぜ」

 拓也があきれたように笑いながら、スマホを見せてくれた。

<以前勤めていた会社の同期夫婦の新居訪問! 楽しみなんだが>

 とツイートしている。同期の中で麻衣だけが本名でTwitterをやっている。フォロワーも千人以上いるのだ。

「ほんとだ」

 菜々は笑いながら、拓也を見た。彼の機嫌が良くなってよかったと思った。


 ふたりは勤め先の食品会社の同期夫婦だ。

 同期は何十人といるのだが、新入社員研修でそれぞれ別の工場に割り当てられた。たまたま同じ工場で研修を受けた8人が、同期イツメンとして今でもSNSのグループでつながる仲なのだが、中でも菜々と拓也の交際は意外な組み合わせと皆を驚かせたものである。

 入社して十年近くにもなると、8人の歩む道は8通りに分かれてくる。SNSグループの中での付かず離れず、ほそぼそとしたやりとりが、縁をつないだ。

 2週間前、男子メンバーのひとりが転勤から戻ってきたのを機に、久しぶりにSNSグループのやりとりが活発化した。

 久々に同期会しようという話が出ると、麻衣が菜々たちの新居に行きたいと言い出した。うれしかった菜々はすぐに「OK来て来て」と軽い気分でレスしたのだが、これに拓也が不機嫌になった。

 不機嫌といっても、何か文句を言ってくるわけではない。拓也は思ったことが顔に出やすく、言葉も少なくなるので、気持ちの上がり下がりが分かりやすいのだ。

 賃貸の部屋に住んでいた頃は狭さを理由に、マンションを買ってからは菜々が妊婦であることを理由に、拓也は客を招きたがらなかった。友達だけでなく、双方の親を呼ぶのも渋った。

 だが、今回ばかりは、菜々は拓也に頼み込んだ。一足先に母親になった同期の江原愛美から、赤ちゃんが生まれたら生活が一変すると聞いていたからだ。その前に、皆を招いて、楽しい時間を持ちたかった。

 たまたま同学年(ため)だと知っただけで、つい隣の部署の彩子にまで声をかけてしまったくらい、菜々は人を招いてもてなすのが大好きだ。

 彩子には断られるだろうと思ったら、まさかの「行きます」という返事が来た。

 同学年とはいえ同期入社ではないので、仲間うちで盛り上がりすぎる感じになったら申し訳ないが、まあ、気遣いのできる愛美がいるし、サオリンと麻衣とも久しぶりだから、新顔がひとりくらい交ざっているくらいのほうが会話にバランスが取れるかもしれない……などと、知らず知らずにチーム決めを考えるような基準で、菜々はメンバーの顔を浮かべ、楽しみになっていた。それきり、拓也の不機嫌については忘れていたのである。