元同期の男女数人を新居に招待してから数年後、世界はかつて体験したことのない混沌とした状態に陥る。2歳の息子の母となった菜々は、世の中の劇的な変化に戸惑い――。

【これまでのお話】
プロローグ 新連載・小説「ミドルノート」同期の男女の生き方描く
第1話 新居に同期が集まった夜
第2話 同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言
第3話 妻を無視する夫 「ほんと鈍感だろ、こいつ」
第4話 「妊婦が人を招くなんてドン引き」夫の言葉に妻は
第5話 言っちゃ悪いが無味乾燥で、寒々しい新居だった
第6話 充満するたばこの煙が、昔の記憶を呼び覚ました
第7話 正直言って、事故みたいに始まった恋愛だった
第8話 わたしは誰よりも愛美に認めてもらいたかったんだ
第9話 その後ろ姿を見ていたら、急に切なくなった
第10話 がんは知らないうちに母の体の中で育っていた
第11話 なにが「同期初の女性部長」だよ!
第12話 「女性ということで」とは一体どういう意味か
第13話 わたしはわたしで、仕事をし、家族を守る
第14話 仕事が長続きしないのは、いつも人間関係にあった
第15話 自分がちっぽけで価値のない存在のような気がした
第16話 不思議と、西には自分のことを話したいと思った
第17話 気づくと、実家に彩子の居場所はなくなっていた
第18話 育休明け直前、世界は混沌した状態に陥った←今回はココ

■今回の主な登場人物■
三芳菜々…食品メーカーに同期入社した拓也と結婚、1児の母
三芳拓也…菜々の夫、1児の父

拓也といて笑うのは、久しぶりのことだった

 首元をすり抜ける風に、菜々は小さく首をすくめた。暖冬と言われているが、今日は妙に寒い。少し前まで夏っぽかったのに、秋を飛び越して、あっという間に冬が来た。と思ったら、「冬なんだな」と、拓也が言った。

「うん。冬だね」

 一緒に暮らしているからだろうか、拓也とはこんなふうに、思考が重なることがたびたびある。

 以前も同じようなことがあったなと、思い出す。あれは初夏で、菜々はまだ妊娠中だった。会社の帰りになんとなく思い付いてコンビニでアイスを買って帰ったら、まったく同じ日に、拓也もその年初めてアイスを買って帰ってきた。選んだアイスはさすがに別のものだったが、2人はその偶然を喜んだ。

 あの頃の拓也は、自分のアイスだけでなく、わたしの分も買ってきてくれたなと、菜々は思い出す。あのときのことは、今も菜々の中で、幸せな偶然として心に残っていた。

 あれから数年がたち、菜々がコトコトコトと押しているベビーカーの中には、息子が眠っている。

 名前は樹(いつき)。真っすぐに伸びていってほしいという思いを込めた。

 夫婦2人で、友人の家に行くために、初めての街の知らない道を、樹とともに歩いている。

 ベビーカーにはフードをかぶせているから、押している菜々の位置から息子、樹の様子はうかがえない。うかがえないということはつまり、静かに眠っているということだ。なにせ、起きている限り、この子は暴れ続けるのだから。背をのけ反らせて泣きわめき、手足をばたつかせ、ベビーカーから降りようと騒ぐのだから。2歳にして、樹が同月齢の他の子たちよりもだいぶわんぱくだということを、菜々は実感していた。

 というわけで、彼が寝入った今こそが、ひとときの平和である。

「樹、ぐっすりだね。疲れたんだろうね」

 菜々が言うと、

「あれだけ暴れてやがったからな。ほんと大変だったよなあ」

 と、拓也が苦笑いした。菜々は黙っていた。

 しばらく歩いてから、

「あ」

 と、ちょうど2人が同時につぶやいた。広い通りのケヤキ並木に一斉にイルミネーションがともった瞬間だった。

 しかしそのイルミネーションを見て、

「なんでこうした」

 拓也は笑った。菜々も同じものを見て笑った。

 市街地を彩るそれは、ロマンチックなムードではなく、赤や黄や緑や、なぜか紫色など、1本ずつ色が異なっていて、全体でどこかちぐはぐでユーモラスなムードなのだった。

「商店街の人のセンスかな?」

 菜々が言うと、

「この街には住みたくないな」

 拓也が言い、菜々はつい笑った。

 拓也といて笑うのは、久しぶりのことだった。

 こんなことでうれしくなってしまうわたしは、甘っちょろいな。菜々は思った。冬の始まりの張りつめたように鋭い風が菜々の服に吹き付けてきた。