彩子はおしゃれをして菜々の家で開かれたホームパーティーに参加するが……。

【これまでのお話】
プロローグ 新連載・小説「ミドルノート」同期の男女の生き方描く
第1話 新居に同期が集まった夜
第2話 同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言
第3話 妻を無視する夫 「ほんと鈍感だろ、こいつ」
第4話 「妊婦が人を招くなんてドン引き」夫の言葉に妻は
第5話 言っちゃ悪いが無味乾燥で、寒々しい新居だった
第6話 充満するたばこの煙が、昔の記憶を呼び覚ました
第7話 正直言って、事故みたいに始まった恋愛だった
第8話 わたしは誰よりも愛美に認めてもらいたかったんだ
第9話 その後ろ姿を見ていたら、急に切なくなった
第10話 がんは知らないうちに母の体の中で育っていた
第11話 なにが「同期初の女性部長」だよ!
第12話 「女性ということで」とは一体どういう意味か
第13話 わたしはわたしで、仕事をし、家族を守る
第14話 仕事が長続きしないのは、いつも人間関係にあった
第15話 自分がちっぽけで価値のない存在のような気がした←今回はココ

■今回の主な登場人物■
岡崎彩子…派遣社員として食品メーカーに勤める
三芳菜々…食品メーカーの正社員。彩子と同学年で、隣の部署で働いている
板倉麻衣…菜々の同期。入社5年ほどで会社を辞め、WEBライターとして活動中
江原愛美…同期の中では早く昇進し、産休・育休を経験したワーキングマザー
坂東、北川、西…同期の男子メンバー

ようやく普通に仕事ができるようになった

 危険を察知する度、彩子は逃げるしかなかった。

 そして、そうやって逃げる度に、彩子は何かを失った。それは、同じ会社に勤め続けるという経験であり、仕事で何かを成し遂げるという実績であり、もしかしたら若さであったかもしれない。

 だが、20代の彩子には、逃げるしか手立てがなかった。

 30歳になる直前に派遣された今の食品会社の経理部で、ようやく深呼吸できる気分になった。

 人に恵まれたとしか言いようがない。

 経理部長は愛妻家だった。

 彩子調べでは「愛妻家」や「恐妻家」を前面に出してくる人物は意外に要注意で、陰で若い子を口説くようなこすいタイプも少なくないのだったが、経理部長は本物の愛妻家だ。その証拠に、部下が妻の話をすると本気で顔を赤らめて照れるのだ。そんな人を見たのは初めてだった。

 経理部には他に社員3人と派遣社員が1人いるが、いずれも穏やかな好人物だった。仕事も丁寧に教えてくれたし、ミスをしたときに必要以上に責める人もいなかった。これまでどの職場でもうまくいかなかったのはなぜだろうと思うくらいに、彩子はすんなり溶け込めた。ようやく普通に仕事ができるようになったのだ。

 会社で彩子が担当しているのは、支払いと請求の業務である。

 社員たちが、交通費や出張費や接待費などのために立て替えた経費の支払いをする。そのための書類を作成し、請求書の発行を行う。

 これまで勤めた会社の中には、請求書や領収書は全て電子データ化して保存し、効率よく検索できるところもあったが、彩子の勤め先である食品会社は古い慣習がまだ残っており、一定の金額以上の請求書は原本をファイリングして保管することになっている。彩子は電子データと原本のどちらをも、検索しやすいように保管する仕事を任されていた。そして彼女は、一見地味なその仕事を好んでいた。

 同じフロアで働いているといっても、菜々と彩子の仕事内容は異なる。しかし、彩子が作成したファイルの保管先の一部が、スペースの関係で管理部の棚になっており、その棚の前に座っている菜々は、行き来する彩子に気軽に話しかけてくるので、なんとなく一緒に働いているような気分になる。

 また、経理部と管理部は定期的に合同会議を開くが、そのセッティングもともに請け負っている。

 こんなことから、友達みたいな関係が深まり、菜々の家に呼ばれたわけである。

次ページから読める内容

  • 来なきゃよかった、こんなとこ
  • 怒りのようなものさえ湧いてきた
  • 初対面なのに、既に「ちゃん」付け
  • やっと解放された、と思ったら

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