2021年、改正育児・介護休業法が成立し、男性育休がより取得されやすくなりました。かつての「ママのワンオペ」が当たり前のように見られた時代から、少しずつですが、着実に「パパが主体的に育児する」時代へと歩みを進めています。

新型コロナウイルス下で働き方も見直され、それぞれの家庭が自分たちに合った家族のあり方を追求するようになりました。そんな多様化するパパやその家族の今に迫る本連載。今回は、言語学者である青井隼人さんの「研究も家族との時間も諦めない道」を探求する姿に迫ります。

■今回のパパ
青井隼人さん 35歳
言語学者(フリーランス)、大学非常勤講師

■家族構成
妻 34歳 NGO職員
長女 8歳
長男 5歳

「何かにハマったらそれだけやり続けていた」少年時代

 岡山県の一般家庭で生まれた青井さん。幼い頃から何かにハマると、それだけをひたすらやり続ける子どもだったそうです。

 「小さい頃は砂場遊びが好きで、朝から晩まで砂場でお城を作ったり、恐竜や折り紙に入れ込んだりしていました。小学生になるとずっとマジックの練習をしていて、マジシャンを目指していましたね。夢中になると、もうそれさえやれればいいという子どもでした(笑)」

 まるで研究者になる未来が既に見えていたような幼少期。両親もその個性を認め、あまり口出しをすることなく、自由にさせていたそうです。青井さんの性格は中学生になっても変わらず、趣味の合う少人数の仲間と図書室や管弦楽部の部室に入り浸っていたとか。

 そんな青井さんが最もハマったのが、現在の研究にもつながる「日本語」でした。

 「中学時代に出会った国語の先生の授業がとにかく面白かったんです。当時流行していた宇多田ヒカルやGLAYの歌詞を用いたり、CMのキャッチコピーを使ったり。そこから言語に興味を持って大学を探し、結果的に東京の大学の日本語学科に入学しました」

 高校の管弦楽部でビオラを演奏していた青井さんは、大学でもオーケストラサークルに入部。その2年後、後輩として入ってきた今の妻ともそこで出会いました。合宿をきっかけに意気投合して交際に発展すると、一緒に演奏会に出かけたりして関係を深めたそうです。

 大学卒業後、もっと日本語を研究したいと思った青井さんは大学院へ進学。修士課程を修了し、博士課程へ進み、研究者への道を歩き始めました。

 しかし、博士課程2年目に修了を待たずに結婚。既に社会人となって働いていた妻はその後まもなく妊娠して退職、神奈川県にある妻の実家での同居生活を始めました。青井さんは当時をこう振り返ります。

 「僕としては、当時もう一緒に暮らしていたし、いずれ結婚するつもりだったので、早くしても変わらないというくらいの気持ちでした。学生とはいえ、国の育成プログラムで多少の収入はありましたし。とはいえ、今振り返るとよく周囲から反対されなかったなあとは思います(笑)」

次ページから読める内容

  • 「男らしさ」にコンプレックスを抱えていた
  • 大学勤務だけが研究者の道ではない

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