元フィギュアスケーターの中野友加里さんの短期集中連載2回目。前編では大学入学までのストーリーを聞きました。今回は、拠点を変えたことでスケーターとして一皮むけたこと、競技生活と学業の両立、就活の話などをお届けします。

大学進学を機に横浜 毎週末、横浜~名古屋を車で行き来

 大学入学と同時に名古屋を離れ、早稲田大学のeスクールで学びながら、新横浜のリンクで指導する佐藤信夫コーチのもとに移ることになりました。当時スケートで伸び悩んでいた私が「もうひと伸び」するには、心機一転、環境を変えることが必要だと決断したためです。

 ところが、信夫先生からは「基礎ができていない」とダメ出しをされてしまい、ゼロからスケーティングを見直すことになったのです。1年目は慣れない一人暮らしに加え、基礎練習ばかりで結果も出ず「やめたい」と思ったこともありました。

 実は新横浜に練習拠点を移した後も、母は毎週名古屋から来ていました。新横浜で練習ができなかった場合は名古屋のリンクで滑れるようにと、車で送り迎えをしてくれていたんです。母は一体、何万キロ運転したことでしょう……。私は車に乗っているだけでしたが、やはり毎週の長距離移動で次第に疲れがたまっていきます。

 ついに信夫先生から「週に1日は必ず休みなさい。休まないといい練習はできない」と禁止令が出ました。そのとき私は「どうして休まなきゃいけないんですか!」と先生にかみついたそうです。「そんなことを言う子は初めてだったから、あのときは絶句したよ」と、今では先生は笑い話にされますが、私は小さな頃からスケートしかしてこなかったので、休みがあっても何をしていいか分からなかったんです。2年目からは大学院進学で上京した姉と一緒に住むようになって、週末はしっかりリフレッシュするようになりました。

息子は電車が大好き(写真提供/中野さん)
息子は電車が大好き(写真提供/中野さん)

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  • トップ選手に囲まれて、急に力がついた2年目
  • 「1単位も落とすものか」意地でeスクールを4年で卒業
  • 憧れのテレビ局へ 今度は自分が敷いたレールで自立したい

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