答えは「着られる服がない」でした。かつて62キロだった裕喜さんの体重は、100キロ以上に増えていたのです。

親子で取り組むダイエット 就労の高い壁に直面

 裕喜さんは当時、Lサイズの下着すら入らず、裸にバスタオルを巻いただけで過ごしていました。日光を避け暗闇で過ごし、自分の姿を見る精神的な余裕もありませんでした。

 気持ちが上向いてきたひきこもり7年目、ふと鏡を見た裕喜さんは「15分間、固まりました」。そこには、18歳の頃とは全くの「別人」が写っていました。体重計は、計測不能の「エラー」を表示し「人間としてエラーだと言われたようで、絶望しました」

 1階から2階へ上がるだけで「高地トレーニング」のように感じ、靴の紐(ひも)を結ぶのも一仕事。そんな裕喜さんに、真紀子さんは散歩を勧めます。裕喜さんは、深夜にサングラスとサウナスーツという格好で歩き始めました。

 3歳から習っていたピアノも再開し、体の重みで痛むお尻をマッサージしながら、1日4時間練習しました。こうした努力の結果、体重は1年で60キロ台に落ちました。ダイエットには成功したものの、就労には高い壁が立ちはだかりました。「世間の人は『バイトすらしないなんて、社会復帰する気がないのでは』と考えるかもしれません。でも働かないのは、それなりの理由があるんです」と、裕喜さんは強調します。アルバイトの面接で「7年ひきこもっていた」と話すと、相手は目すら合わせてくれなかったのです

 真紀子さんにも実は「出てきたのだから、バイトくらいはしてほしい……」という思いはありました。しかし「ひきこもりに逆戻りしてしまうかも」という不安の方が大きく、言葉をぐっとこらえました。

 裕喜さんは「母親から『バイトしないの?』と言われなかったのはありがたかった」と、感謝の言葉を口にします。

子育てで後悔していること

 裕喜さんは現在、ひきこもりの子を持つ親を対象に、講演やカウンセリングをしています。「両親の部屋のドアが開いていると、顔を合わせるのが怖くて何時間もトイレに行けなかった」といった経験者ならではの話に、親から「子どもの行動がやっと理解できた」などの感謝の声が数多く寄せられています。

瀧本裕喜さん(撮影/藤原雪)
瀧本裕喜さん(撮影/藤原雪)

 しかし裕喜さんの父親は、こうした活動についてただ「稼げるのか?」と言うだけです。昔から息子には「斜め上からものを言うように」接し、真剣な質問も冗談めいた答えではぐらかすなど、父子関係はぎくしゃくしていました。

 ある時、父が息子宛てに書いた手紙には「ひきこもったことが残念でならない」とつづられていました。裕喜さんを認める言葉はなく「父の思い通りに生きてこなかったというだけで、人生をすべて否定されたように感じ、傷つきました」と語ります。

 一方、真紀子さんにも子育ての後悔はあるといいます。