慌てて上京すると、次男はボロボロの服を着て、つま先に穴がパカパカと開いた靴で原宿駅に現れました。骨と皮ばかりに痩せ、髪も伸び放題の異様な姿でした。学校に通うよう説得すると、彼は「死ねなくてごめん」と言い、大粒の涙をこぼしました。そこでようやく「学校やお金という次元の問題ではない」と、後藤さんも悟ります。

 後で聞くと、次男は休日返上でギター制作に打ち込んだにもかかわらず、作業が一人だけ大幅に遅れてしまいました。取り掛かるのに人一倍時間がかかり、細部にこだわって完璧に作ろうとする性格が災いしたのです。

 筋金入りの音楽好きばかり集まった学校で、話題について行けず「話が頭の上を通過する」と落ち込みました。そのうち、死ぬことばかり考えて3日絶食したり、ふらふらと外を歩き回ったりするようになりました。

 「学費を工面した親のためにも頑張らなければ、と必死なのに、作業からも話題からも取り残されてしまう。自分を追い詰め、疲れ果ててしまったのでしょう」。次男は専門学校を退学し、帰郷。長男はすでに家を出ており、後藤さんとの二人暮らしが始まりました。

「不安」は自分のエゴだった 子どもと自分を切り離す

 次男は当初、アルバイトや自動車免許の取得に前向きで、後藤さんも「まだレールに戻れる」と期待していました。しかし実際に動き出すことはできず、19歳になった頃から昼夜逆転のひきこもり生活を送るようになります。

 後藤さんが「どうして教習所に行かないの?」と聞くと、次男はテーブルの下に潜り込み、頭をがんがんテーブルの裏側に打ち付けました。最も焦りを募らせていたのは、彼でした。後藤さんは、ひきこもりの子を持つ親の会や心療内科の家族相談会に通い「問題があるのは、次男ではなく私自身ではないか」という考えにたどり着きます。彼が「レール」に戻らないのが、なぜ不安なのか……。気持ちを掘り下げると、世間体を気にして、子どもたちにある程度の地位を得てほしいと願う、自分の「エゴ」が浮かび上がりました

 「自分の汚い、嫌な部分」と向き合うのは、つらい作業でした。しかし、次男を心配することが、実は感情の押し付けにすぎなかったと気づき「次男と自分を切り離す作業をしよう」と思い立ちます。