お金が育休を諦める理由にならない環境整備を

 意外と知られていませんが、日本の育休制度自体は諸外国と比べて優れています。19年6月に発表されたユニセフの子育て支援に関する報告書では、OECDとEUに加盟している41カ国中、日本の育休制度は男性で1位の評価を得ています(取得できる育休の週数×給付金額で算出)。優れた制度は用意されているが、使いやすい環境になっていない。そのためには風土・空気を変えることが必要ですが、大臣の取得によって、この辺りも多少変わってくることが期待されます。

 男性育休取得率の向上には、収入面の不安を解決することも有効だと思います。先ほどのノルウェーの事例では、父親が育休を取得した期間に、給与と同額の給付金を支給したことが、取得率を上げる最初のきっかけになりました。一方、日本でも、育休を取らなかった男性に理由を聞くと「収入を減らしたくなかった」が20.4%に上っています(厚生労働省の調査より)。日本の育児休業給付金はノルウェーのように収入の100%を保障するものではありません。男性に育児を担うつもりがあっても、妻のほうから「収入が減るのは困るから働いて」と言われる家庭があってもおかしくない。

 先日、日本でも給付金の額を80%に引き上げる議論が始まると報道されました。実際に手取りがどれだけ増えるのかはシミュレーションを見ないと分かりませんが、いい方向だと思います。お金が育休を諦める理由にならないような環境を整えるべきです。

男性育休は、当事者以外にもプラス

 このように家族政策を手厚くしていくと、子どもを持たない方から批判されることがあります。でも誰にだって、親の介護や、自分が病気になる場面が出てくるかもしれない。育休制度の充実などで家族が暮らしやすい社会をつくることは、誰もが助け合える社会を作るための第一歩だ、という考え方があります。

 また、子育て政策の充実は子どもの健全な発達や出生率の向上に寄与する可能性があります。子どもたちが立派な大人に育っていくことは、将来の年金財政を考えてもプラスになります。

 年配の男性の中には「育休は会社のためにならない」「生産性が下がる」などと批判する人がいるかもしれません。その点、例えばアメリカでは公的な育休期間がとても短いのですが、GoogleやマイクロソフトなどトップのIT企業は独自の育休制度を自社で用意し、優秀な人材を確保しイノベーションを起こしています。逆に、育休をはじめ社員のプライベートを尊重できない企業は、若くて才能のある人材から選んでもらえなくなっています。

 育休を取った社員の仕事を誰がまかなうんだ、という問題もありますが、人が抜けたときにも回っていくようなマネジメントをするのが本来の管理職や経営層の仕事です。アメリカは技術革新だけでなくマネジメントの革新でも先んじており、属人化を防ぐ取り組みが進んでいます。そういう技術も身につけていくのが、少子高齢化で人材確保が難しい時代の経営スキルだと思います。男性育休は会社の人材確保のためにも必要なのだと、パパたちには堂々と反論してほしいです。

取材・文/久保田智美(日経DUAL編集部)



山口慎太郎
東京大学経済学部・政策評価研究教育センター教授
山口慎太郎 慶応大学大学院商学研究科修士課程修了。06年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学経済学部准教授などを経て現職。結婚・出産・子育てや労働市場を経済学的手法で分析。初の著書「『家族の幸せ』の経済学」(光文社新書)がサントリー学芸賞を受賞。