臨床の現場で多数の深刻な教育虐待のケースと向き合ってきた小児精神科医で青山学院大学教育人間科学部教授の古荘純一さんと、2児の母として、そして自身も支配的な家庭環境で育ってきたことを公言する「当事者」として教育虐待に強い関心を持つ小島慶子さんが対談しました。

失恋で「親の理想通りの人生を歩む」という呪縛を断ち切った

編集部(以下、――):小島慶子さんは著書『解縛』の中で、ご自身も親からの支配に苦しんだことを述べていますね。その経験を踏まえ、二人の息子さんを育てる上で心掛けていることがあれば教えてください。

小島慶子さん(以下、敬称略):私は母の過干渉に悩んで育ちました。私の父は戦後の貧困の中で一橋大学を卒業して商社マンに、母は教師をしていた祖母を助けるために家事をしながら高校の夜間コースを卒業し、丸の内で秘書として勤め、商社マンの妻になりました。2人とも向上心を持ち、努力を重ねたことで貧乏から抜け出したという切実な実体験があるため、母は自分の娘たちにはそんな思いをさせないように、いい教育を与えて将来は大手企業勤務のサラリーマンの妻に、という理想を持っていました。母から「いい学校に通うことが幸せの道だ」と聞かされてきた私は、母の勧めもあって中学受験をし、いわゆるお嬢様学校と言われるところに大学まで通いました。

 9歳上の姉は両親の思惑通りの結婚をして数年で寿退社しました。1972年に生まれた私が就職活動をするときには、男女雇用機会均等法が施行されて7年ほど経っており、「キャリアウーマンはかっこいい」という憧れがありました。母や姉のような生き方を心もとなく感じるようになり、経済的自立を目指すことにしました。「女性の幸せは男性次第」という考え方を断ち切ることにしたのです。

―― どのようにして断ち切ることができたのでしょうか。

小島:きっかけは失恋です(笑)。大学生のときにお付き合いしていた先輩に振られたのがとてもショックだったのですが、本当にショックだったのは「銀行に内定している彼氏を逃したこと」だと気づき、そんな自分が嫌になったんです。年収や肩書で男性を値踏みするのをやめたいと強く思いました。人間として好きになった人と思い切り恋愛をしたいと。とはいえ、大企業のサラリーマン家庭以外の環境で生活する不安もありました。そこで、「私が父のように大きな会社で働くしかない」と思い至り、テレビ局に就職したのです。

 そして結婚し、両親の思惑とは違う共働き家庭となり、子どもは2人とも公立小学校へ入学させました。ただ、そうした価値観を完全に拭い去れていたわけではなかった。私自身、長男が生まれて間もないころに、それに気づきました。私の親の世代の価値観を再生産してしまうところだったんです。

古荘純一さん(以下、敬称略):何があったのですか。

小島:家の近くに早期教育のスクールがありました。そこは年間100万円以上もの学費がかかるのですが、周囲からの勧めもあり子どもにいい教育をという一心で面接を受けました。無事に合格をいただいたのち、校内に幼児が描いた名画の模写が飾ってあったのを見て、ふと違和感を覚えました。そして、すでにたくさん社会に出ているであろうスクール卒業生の活躍状況を尋ねたら、なんと追跡調査をしていなかったのです。「これはいいように踊らされているのではないか。自由にお絵かきを楽しむ時期に名画を模写させるなんておかしい」と、入学を辞退しました。

 自由な発想がどんどん湧き出てくる子どもの時期に、大人の決めた価値観に従わせようという教育方針はおかしいのでは?と、幸いにして気づくことができたため、入学を踏みとどまることができたのですが、万が一、入ってしまっていたら、私も同じ考え方に洗脳され、自分がされてきたように、息子にも大人の価値観を強いてしまっていたような気がしています

古荘:そういうことがあったのですね。確かに、未就学児に名画を模倣させるということは、医学の観点から言っても意味がないと思います。というのも、子どもの視力は大人とは違います。視力を司る前頭葉自体が子どものうちは未発達なのです。生まれたての赤ん坊は自分を保護してくれる人が見えていればいいので、30cmほどしか見えない。3歳ごろにやっと発達してくるのですが、もちろんまだ大人と同様とはいかないし、感じ方も個人差があって当然です。

小島:なるほど。

古荘:子どもの身体的発達には段階があり、それを無視して、一足飛びに大人と同じ感覚で物を見たり考えたりするのを強要することは、確かに虐待にあたると思います。発達段階に応じた教育を与えないということは教育ネグレクトと言えますし、そんな教育を受ける子どもは不幸と言わざるをえません。

小島:まずその子がどのような反応を示すのか観察してあげた方がいいということでしょうか?

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『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』

(小島慶子著、1540円、日経BP刊)

 2人の子どもの母であり、オーストラリア・パースで暮らす4人家族の経済的な大黒柱でもある小島慶子さん。日本とパースを数週間おきに行き来する生活の中で感じた、夫婦や子ども、社会、働くことへの思いを綴ったエッセイ集です。

【「はじめに」から抜粋】

 親はついこの前まで親ではなかった素人です。だけど人間を一人育てるというとんでもない仕事を、ぶっつけ本番でやらねばならないのです。(・・・中略・・・)

 混んだ電車に飛び乗り、髪を振り乱して保育園に迎えに行き、ようやく帰宅してから食事入浴をこなし、寝かしつけでつい寝落ちして真夜中に目覚めたときの絶望感といったら。重い体を起こし、散らかった部屋を片付けて、保育園のノートを書かなくちゃならない。うんざりしながら、すやすや眠るわが子の寝顔に、もっと優しくしてあげたかったのにと胸が締めつけられて…。その繰り返しでした。

【主な内容】

Chapter1 夫婦の話 夫婦の在り方って?につくづく思うこと
・「崖っぷち共働き親」の罪悪感と幸福
・夫婦のセックスレスに、我々はみな興味津々
・夫たちよ、鎧を脱いで育児・夫婦を語ろう 他

Chapter2 仕事の話 大黒柱ワーママをしながら考えてきたこと
・「ワーク・ライフ・バランス大嫌い」の方へ
・働く母は、約束とドタキャンが怖い!
・社会に出て20年、思い描いたキャリアとは違う世界に出合った 他

Chapter3 子育ての話 子どもから教わったこと、子に伝えたいこと
・入園前の親御さん、ハグしてチューしよう!
・子ども抜き「私の幸せ」へ猪突猛進せよ
・安全神話なき世にあっても生き延びる子に 他

Chapter4 社会の話 パースで、日本で、飛行機で、社会について思うこと
・40過ぎてADHDと診断され自分を知った
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・最高にクリエイティブで濃密な「今」に幸あれ 他

大黒柱ワーママ対談
・小島慶子×犬山紙子 未来へつなぐ共働き&子育て

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【本日から全国の書店&ネット書店で発売!】
『中学受験させる親必読!
「勉強しなさい!」エスカレートすれば教育虐待』

(日経DUAL編、1430円、日経BP刊)

 子どもの幸せを願わない親はいません。「ちゃんと勉強しなさい!」「宿題やったの? 」など、時に語気を強めてしまうことがあるとしても、それは本来、わが子にしっかりとした学力をつけさせ、生きていく上での選択肢を広げてあげるためのはずです。

 ですが、度を越した態度で子どもに勉強を強制したり、子ども自身の意志を無視して、わが子の学力に見合わないほど偏差値の高い学校に進学するよう強要したりと、親の行動がエスカレートしてしまうと、子どもの自己肯定感は大きく下がります。そして、生涯にわたって暗い影を落とすほどの弊害を招いてしまう可能性があることが知られるようになってきました。(中略)

 子どもの年齢に関係なく、すべてのお父さん、お母さんに知ってほしい、教育虐待のリスクや予防策、子どもへの適切な関わり方などをまとめたのが本書です。(はじめにより)

【主な内容】

第1章 中学受験 親の関わり方次第で子の将来にマイナスになることも
・中学受験 親が知っておくべきメリット・デメリット
・家庭の関わり方次第で中学受験そのものが「よい学び」になる【中学受験の4つのメリット】
・「何でも親のせいにする子」になる危険性も【中学受験の4つのデメリット】

第2章 教育虐待を理解する
・不登校や引きこもりより心配なのは、ひたすら我慢し続ける子ども
・100年時代を生き抜く強さが身に付かないという弊害も
・読者向けアンケート「ぼく、じゆうな日が一日もないね…」
・「教育熱心」と「教育虐待」線引きはどこに?

第3章 教育虐待を防ぐために親が心掛けるべきこと
・子の幸せ見極め教育虐待を防ぐNGワード&考え方
・13のチェック項目で、教育虐待かどうかを見極める チェックリスト
・家庭を子どもにとって「安心な居場所」にするための6つのポイント

第4章 被害者が加害者になる負の連鎖を断ち切る
・約30%が「教育虐待を受けた認識あり」。連鎖を危惧する声も
・教育虐待の影響は世代を超えて波及し続ける
・学歴志向が強い日本のシステムに根本の原因がある?

第5章 当事者が語る「こうして教育虐待から抜け出しました」
・「かつては教育虐待していたかもしれない」と語る3人のママたちの体験談を紹介

第6章 中学受験のプロが伝えたいこと
(プロ家庭教師 西村則康さん)
・中学受験は子どもの成熟度が影響する
・中学受験はお母さんが笑顔なら、たいていはうまくいく

第7章 小児科医と心療内科医が伝えたいこと
(慶應義塾大学医学部小児科教授・小児科医 高橋孝雄さん)
・基本的な能力は遺伝子が担保。親は安心して
・成長して引きこもるケースも。意思決定力が「やりたい」アンテナ育てる

(「本郷赤門前クリニック」院長・心療内科医 吉田たかよしさん)
・増加する受験うつ その芽が出るきっかけとなるのが中学受験
・中学受験直後の心はどう受け止める? 
・難関校に合格した子ほどハイリスク。過信せず、努力し続けることが大事

(名古屋大学医学部附属病院准教授・心療内科医 岡田俊さん)
・夫婦関係や親のメンタル不調が子どものストレス源に
・中学受験 親自身が不調になることも

【Column】子どもの心のSOS発信マンガ 愛しているのにまさか私が教育虐待?

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