身近な材料でできる「食べられる」実験のおもしろさ

中村 ところで、これまでさまざまな子ども向けのワークショップに参加してきましたが、化学的な視点を持って、料理をする「食べられる実験」はほぼありませんでした。

―― それはなぜなのでしょう。

宮本 衛生面を考えると、実験室では食べ物は扱いにくいこともあると思います。

中村 それに関して、家庭でやるなら問題ないですね。料理と絡めた実験は、最後にみんなで食べられるのがいい。自分が作ったものを食べられるってそれだけでワクワクしますよね。わが家が料理を活用した実験を始めたきっかけはそれが一番大きかったですね。子どもたちのテンションがすごく上がりました。料理は、五感をフルに動かせますよね。

 そこで、自宅で子どもたちと取り組んだものの中から、反応がよかったり、特に楽しめたりしたレシピを選んで、今回本を作りました。子どものころは理科に苦手意識があった私ですが、親子でワークショップに参加したり、家庭でもさまざまな料理実験に取り組むうちに、料理の「なぜ?」を化学的な視点でも考えてみるクセがついてきました。そうした経験がこの本のレシピの土台になっています。

 例えば、ムラサキイモに含まれるアントシアニンという色素に酸性やアルカリ性のものを加えると色が変わります。これをカップケーキのデコレーションに応用してみようと考案したのが、本で紹介している「まほうのカップケーキ」です。こうやって学んでいくうちに、私自身もすっかり理科が好きになりました

 料理を活用した実験は、特別にそろえなくてはいけない材料もありますが、身近にある食材などで気軽にキッチンから始められるのが利点です。例えばゼラチンは、身近な食材なのに「こんなに変化するんだ」と感じられる楽しみがあります。

宮本 私が実施しているワークショップも身近な材料を使っていますが、例えば「重曹を準備する」場合でも、さまざまな用途の重曹があり、どれを買うか迷って二の足を踏むこともあるかもしれません。でも、「食べられる実験」だと料理用の重曹を使う、と明確なので敷居が下がると思います。

―― こんなものも家で作れるんだ、という意外さもありますね。

中村 はい。家でラムネを作れるなんて、自分が子どもの頃は想像もしなかったので、最初に知ったときは驚きました。また、料理は生きていく上で誰もがするもの。生活に密接しているからこそ、親子で取り組むことに意味があるなと思います。

宮本 衣食住といった生活する上で身近なものは、化学とつながりがあります。例えば、「衣」であれば、染色は繊維と染料が化学結合してくっつくから色が定着します。私が教えている開成では中2までに中学で学習する化学の範囲の指導は終わるのですが、中3のときに、身近な衣食住に関連した化学実験をします。「衣」ではナイロンの繊維を作ったり、「食」では豆腐やマヨネーズを作ったりします。例えば、ナイロンについては高校の授業で勉強しますので、実験したときは詳細を理解していなかった生徒でも、「中学のとき実験でやった」と覚えていますね。手を動かすことで記憶に残ります。理科教育で実験や観察が大事だと言われているのはそれが理由です

―― だから保育園児や小学生の子どもたちに向けたワークショップも長年続けているのですね。

宮本 やはり子どもたちに化学に興味を持ってもらいたいです。実験をすると、子どもたちの反応がいい。それだけでなく私自身も楽しめます。小学生向けに行っている実験も切り口を変えれば、中高の授業で使えることがあり、自分の発見や勉強にもなると感じて続けています。

(後編に続く)


 後編では「実際に家で実験するときのコツ」「理科に興味のない子へのアプローチ法」などについて語っていただきます。

宮本一弘 (みやもと かずひろ)
開成中学校・高等学校 化学科教諭
東京都生まれ。東京都立大学卒業後、東京工業大学大学院修了。理学修士。教員の仕事のかたわら、園児、小学生対象の体験型の科学実験教室を年に70回ほど開催している。また化学のイベントを企画・運営し、化学の普及活動を行う。NHK Eテレ「高校講座 科学と人間生活」の監修も務める。共著に『イラストでわかるおもしろい化学の世界 1 -身近な実験-』(東洋館出版社)など。