三菱化成生命科学研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任し、1993年、57歳のときに、生きものを歴史との関係のなかで捉える「生命誌」研究を目的としたJT生命誌研究館を設立した中村桂子さん。66歳で同館の館長となり、現在まで「生きもの」を研究し続けている中村さんは、同時に共働き家庭の大先輩でもあります。
インタビューの第3回は、都会で生活する層の多いDUAL世代が、人間は機械ではなく生きものだということを忘れない視点を、どう育んでいけばいいのか、「違い」を受け入れる価値観をどう育むか、聞いてきました。
【JT生命誌研究館 中村桂子館長インタビュー】
(1)手がかかる、思い通りにならないのが子どもと認めて
(2)子育て中 今だけ見てマイナスと思わないで
(3)年に一度のキャンプより小さな自然を毎日見つめて←今回はココ
(4)子どもたちが機械に支配されず生きるのに必要なこと
生きものだということを忘れないようにする、ダンゴムシの観察
片野編集長(以下、──) 中村さんが「生命誌」を始めたきっかけは、それまで携わってきていた「生命科学」が、生きものを機械のように捉える面があることだったのですよね。大人が自分の思うように動く機械に囲まれているがために、子どもまでを同じように見てしまい、「手がかかるし、思い通りにならない」と感じ、つらくなるとお話しくださいました。では、生きものを生きものとして捉えるためには、どうしたらいいのでしょう?
中村桂子さん(以下、中村) 「生きものは皆違うことがいい」「手がかかるけれど、思いもよらないことをしてくれるのがいい」ということを感じ、「ヒトならヒト、犬なら犬など、その生きものらしさの良さを忘れない」ことではないかと思います。
ただ、今はそうした機会が格段に少なくなっています。昔は農業など第一次産業が職業のメーンでしたから、こうした考え方が自然に身に付いていましたが、今はほぼ、機械の中で暮らしていますから、気を付けないと、人間までその一部として考えてしまいます。
── 昔とは環境が異なるので、自然に身に付けられる考え方ではないのかもしれませんね……。
中村 そうですね。実際に、生きものということを忘れないようにするためにどうすればいいのか、と聞かれることもありますが、私は、身近にいる小さな生きものたちに接することが大切だと思います。例えば、家で飼っているワンちゃんに、もし機械のような扱いをしても、思う通りの行動はしませんし、思いもよらない行動をすることもありますよね。
── 確かに。一緒に暮らすペットや身近な生きものから学べることは多そうです。
中村 「東京は舗装されていて、自然が全然ない」と言う方もいますが、緑道があったり、小さな公園があったり、ちょっと舗装が壊れていている隙間から草が生えていたりもします。そうした草花に触れたり道端にいる虫を観察したりするだけでも十分なんです。
孫が3歳くらいのころ、一緒に歩いていたら、道端でしゃがみこんで「あ、ダンゴムシ!」と言いました。それを聞いて息子や自分自身が小さいころに同じように「あ、ダンゴムシ!」と言っていたのを思い出しました。昔から、全然変わっていないんです。見事な蝶やカブトムシには簡単に出合えませんが、ダンゴムシは今の都心にもちゃんといるんです。
── 子どもはダンゴムシやアリを見つけたら、じっと見入って心を奪われていますよね。