この2月で高2と中2になった息子たちが小さかったころは、文字通り目が離せませんでした。たった数秒の間に思いがけない事故が起きることがあるから、気が抜けません。それに子どもは見てほしがり屋さん。「ママ、見て!」って何度言われたことか。開いた手のひらにいっぱいのダンゴムシとか、三輪車でこぎ回るところとか、とにかく子どもは親に見てほしくてたまらないのです

誰かのまなざしは人を強くする

 映画『マッドマックス2』を見たときに、見届けるって大事なんだなと思いました。砂漠で水を独占し、人々を奴隷のように支配している独裁者。その男にとらわれている女性たちを救い出そうとする主人公たち一団に次々と襲いかかるのは、独裁者を狂信的に崇拝している若者たちです。命を惜しまずに攻撃を仕掛ける彼らは、果てる瞬間に「見届けてくれ!」と仲間に叫びます。まして独裁者が自分を一目見て声をかけてくれたりしたら、うれしさのあまり舞い上がるのです。

 そんな若者の一人が、独裁者の元から助け出された女性の一人に恋をして寝返ります。そして彼は最後に独裁者でも仲間でもなく、愛する女に向かって「見届けてくれ!」と叫んだのでした。ネタバレとか怒らないでくださいね。あと、細かいところは違っていても許してください。

 まあとにかく、誰かのまなざしってその人を強くするのだと思います。見向きもされずに生きてきた寂しさのあまり凶行に走ることもあれば、大事な人のまなざしを思い出してそれを思いとどまることもある。自分がここにいることを、誰かに見ていてほしいと思う気持ちは、自然なものではないかと思います。たぶん古来、様々な形で人が信仰を持つようになったのも、そういう欲求あってのことだと思うのです。誰かのまなざしの中で生きていると思いたいんですよね。

 息子たちが小さかったときには、私もいつも「ちゃんと見てあげること」を心がけていました。だけどその分、エナジーもたくさん使って、ヘトヘトでした。だから彼らが大きくなって、もう以前ほど「ママ見て!」って言わなくなってからは、かえって油断してしまっていたのです

波にダイブする次男。私はこのあと早々に左手の丘の上でのんきに日向ぼっこしてしまいました。ほんとはカメラを置いて海に入るべきでした!