「随意筋肉運動の調整期」にいる子は、一人で動けるようになりたがっている

―― その通りでなくても、大体こういうことでしょうっていうことが分かるようになるんですね。

相良 5歳以上のお子さんはそんなに注意深く見ないけれど、4歳までだったら見るのね。もっと大事なことは、「自分で」「一人で」と言い出す1歳を過ぎたころからだんだんどう動けばいいのか、動きの細かなところまで見る感受性が高まってくるけれど、4歳くらいをピークとして消えてしまうんです。これはモンテッソーリの発見の一番オリジナルな部分だと私は思います。

―― 4歳までの成長段階の特徴を教え方に利用したのがモンテッソーリなんですね。

相良 この話をご存知ですか? モンテッソーリが渡米したときに、アメリカの大統領までが出迎えて大歓迎された時期があるんです。それは新教育運動という子ども中心の教育がアメリカから世界へと発信されていたころで、モンテッソーリこそ子どもが主人公になる教育方法を実現した人だということで、アメリカ中で大人気になったことがあるんですって。そして、感謝の意を込めてうやうやしくお礼の言葉をみんなが述べていったとき、彼女はすごく不機嫌でね。新教育は皆がしていることで、あなたたちは私のオリジナルの発見を誰も見ていない。随意筋肉運動の調整期であるこの時期にどういうふうに自分で動けるようになるか、つまり「運動」なんだと。

 私が今一番強調したいのはここです。日本のモンテッソーリ教育がリバイバルして50年。確かに素晴らしい園もいっぱいできましたよね。モンテッソーリの教具の扱いを知りたい、そしてより完璧なモンテッソーリクラスを実現したいと。それで50年広がってまいりました。けれど、女性が働く時代でね。過去50年間一生懸命追求してきたモンテッソーリ教具の体系を全部そろえて、それを丁寧に扱うなんていう時代は昔の夢になりそう。そのときに残る本質はこの「随意筋肉運動の調整期にいる子どもが自分で一人で動けるようになりたがっている」というモンテッソーリの着眼点です。随意筋肉運動の時期に、子どもの発達段階に合わせてできるように、動きを分析して順序立ててしてみせる。それはモンテッソーリ教具がなくても、日常生活の中でできますよね。

―― 教具が用意された完璧な環境がなくても、本質の理解があればできるのですね。

相良 例えば、10年以上前から子どもがテレビやゲームばかりを見ていると問題になっています。今やこの話題さえ、古くなりかかっていますけどね。そのころに一人のお母さんが、夕方の忙しい時間帯に、子どもがやかましいからいつもテレビを見せていますと。でも、自分が夕食の準備をしている間、ずっとテレビを見ているのは、こんなことさせていいかなって若干心が痛いんですって。それでテレビではなく、お夕食の準備の仕方を一緒にするようにしたんです。そのお母さんは「子どもは結局はテレビを見るよりも、手を動かしてお食事を作るほうが好きなんですね」っておっしゃいました。このお話を私はとても気に入っています。

(文・構成/日経DUAL 加藤京子 写真/鈴木愛子)

相良敦子先生 故・相良敦子先生。佐賀県生まれ。九州大学大学院教育学研究科博士課程修了。滋賀大学教育学部教授、清泉女学院大学教授、エリザベト音楽大学教授、長崎純心大学大学院教授、日本カトリック教育学会全国理事、日本モンテッソーリ協会(学会)理事を歴任。1960年代、フランスで、モンテッソーリ教育を原理とした手法Enseignement Personnalisé et Communautaireを学ぶ。1985年初版の『ママ、ひとりでするのを手伝ってね!』(講談社)は現在62刷を売り上げるロングセラー。『お母さんの「敏感期」』(文春文庫)、『幼児期には2度チャンスがある~復活する子どもたち』(講談社)、『モンテッソーリ教育を受けた子どもたち~幼児の経験と脳』(河出書房新社)など著書多数。享年79歳。