就学前の基本は、「折る」「切る」「貼る」「通す」「縫う」が自在にできること

―― 教材ありきで何かを覚えるのではなく、保育園の関係者で一緒に作り上げていく環境だったのですね。

相良 面白いのが、小学校の「読み・書き・計算」に匹敵する就学前の基本は、「折る」「切る」「貼る」「通す」。そして、通すの延長線上で「縫う」です。就学前にこれらの指先をしっかり使って、正確に端と端を合わせて折る。右手と左手を自由自在に動かして切る。線に合わせてきちっと貼れる。どんな穴にでも紐を通せる。糸を針に通せたら、縫う段階になります。この5つを自分が思う通りにできるようになること。3~6歳の随意筋肉運動の調整期は、それができるようになりたい時期なんです。

 しかもただやりたいだけでなく、子どもたちはより正確により確実に、できるようになりたい意欲を持っている。そういう材料を工夫すると、もうものすごいエネルギーで何度も繰り返し集中しながらやります。そして「できた」「できるようになった!」。その積み重ねで、年長になったらそれら全部を統合して、自分の作りたいものを作ることができるようになります。卒業の年は、その折る・切る・貼る・通す・縫うを自分ひとりでやり遂げた作品展になってね。

 大きな地図を描いてみたり、国の名前を書いたり、カレンダーを作ったり、若干の文字や数の学習はいたしますよ。だけれども、就学前にその発達の各段階ごとに、やりたいことがある。そして「できた!」という充実感を味わう。そうしたら、また次の活動に挑戦する。これが幼児期の学習で、小学校以上の基礎基本に相当する就学前の子どもが身に付けるべき基礎基本だと私は思うんです。

―― 入学後につながる能力として分かりやすい読み書きを急ぐよりも、大事なことなんですね。

相良 3歳になるくらいから言葉に興味が出てきますし、4歳になると数に興味が出てきます。そして、5歳になると文化への興味も出てきます。そうした発達に応じた興味は、十分に満たしてあげる。例えば、カレンダーをつくるとか、地図を写して地図に国の名前を入れるとか単純なものでいいんです。興味に関連した活動を用意すると、子どもたちはものすごく喜ぶんですね。

―― 私の小5の長女と小3の長男が、以前モンテッソーリ教育を実施する保育園に通っていまして、「折り紙の先生」が朝、保育園に来て7時45分くらいから45分間教えてくれるんです。折り紙の先生は地域のおばあさんたちで、子どもたちはみんなおばあさんたちを敬っていました。年齢が小さな子でも、早朝の時間帯ですがみんなが集中して取り組んでいました。先生たちは上手に材料を準備していて、細く切ったものはここ、丸く切ったものはここ、△に切れたものはここ、などと切ったものを分類する箱があって。黙々と6年間ずっと折り紙を続けて、卒園するまで先生がすべての保管してくれていたんですね。卒園するときに作品集としていただいて、息子はとても喜んでいました。最初はモンテッソーリ教育について何の知識もなく通わせていたのですが、子どもたちが小学生になり、幼児期に「自分の手を使いながら集中して何かをやり遂げる」という経験は、子どもたちにとってとても大切な時間だったんだと思います。

相良 それは、いい保育園でしたね。


 天国へと旅立つ直前まで、長崎、京都、名古屋、千葉、福島といった日本全国へ赴き、優しく温かいまなざしでモンテッソーリ教育の発展・普及に情熱を注いだ相良先生。「私がお役に立てるのなら、どこへでも。毎朝、両手を組んで上に伸ばすと、疲れなんて全然たまらなくて(笑)。リフレッシュできるのよ」と、いつも弾けるように明るく素敵な笑顔で、モンテッソーリ教育の本質や子どもたちが持つ可能性の素晴らしさについて語ってくれました。モンテッソーリ教育に半生を捧げた相良先生に深い敬意を抱くとともに、心から哀悼の意を表します。

 次回以降のテーマは、わが子の困った言動への対処法をはじめ、「逸脱した子どもはフランス留学時代の私だった」と振り返る相良先生とモンテッソーリ教育との出合い、さらに時間に追われる共働き家庭にとって難易度が高そうなモンテッソーリ教育の実践ノウハウなど。明日から引き続きお届けします。

(文・構成/日経DUAL 加藤京子、写真/鈴木愛子)

イラスト/絵本作家 まつおりかこ。著書に 「たからもののあなた」(岩崎書店)