特殊な教具やお金のかかる幼児教育は不要 わが子の「観察」が大切

―― 母親としての愛情がお母さんそれぞれにありますので、子どもの成長発達ごとの自然から課された宿題という視点で子どもたちを観察していくと、親は子どもに「遊んでいるなら英語の一つでも覚えなさい」ということは言えなくなりますね(笑)。

相良 『お母さんの「敏感期」』(文春文庫)の中で登場する、このお母さんの観察が私はとても好きなんです。

私は子育てをしながらモンテッソーリ教育の勉強をしているせいか、自然と「手の動き」に注目するようになりました。赤ちゃんは、おすわりをする満七か月ごろから、手の動きが活発になり、一歳くらいになると色々な手の動きをするようになります。でも、よく観察していると、同じような動作が多いことに気づきました。私は、子どもがおとなしく一人遊びをしているとき、どんなことをしているかをメモし、何日分かをまとめてみました。

  1. にぎる…にぎって叩く。にぎってなめる。にぎって振りまわす
  2. つかむ…つかんで投げる。つかんで落とす。つかんで出し入れする
  3. 引っぱる…さげてあるタオルや洗濯物を下から引っ張る、ティッシュペーパーを上から引っ張る
  4. つまむ…床に落ちている小さなものをつまむ。おっぱいをつまむ。つねる
  5. すきまに入れる…穴に入れる

これを見て私は、子どもの「手の動き」というものは、赤ちゃんのころから秩序立っているんだな、と感心してしまいました。(茂原市 大橋ひろみさん)

※『お母さんの「敏感期」』(文春文庫)P178より抜粋

相良 このとっても素敵なお母さんのように、子どものやりたがっていることを観察して、それを心ゆくまでできるようにしてあげられるといいですね。「それを、引っぱってはいけません」「それは投げちゃダメ!」と言わなくても済むように、身近なものを利用して、繰り返しできるような遊び道具を作るのもいいと思います。私の教え子でもある京都市のくすのき保育園の保育士さんたちは、子どもがやりたがることを観察して、その活動を繰り返しできるようにと手作りで教材を作りました。

くすのき保育園では、子どもの発達段階に応じた手作りおもちゃを子どもの興味に合わせて準備。 繰り返し出来るようにすることで、子どもが興味のあることを心ゆくまで続けられることを大切にしている。歴代のオリジナルおもちゃがたくさんあり、 その年、その時期の子どもの姿を見ながら各年齢ごとに作っている。(写真左)筒状ウェットティッシュの空き箱にひもを通したおもちゃ、(写真右上)椅子や机の脚にかぶせるカバーを利用し、同じ絵柄のシールの位置にはめ合わせていく、(写真右下)子どもの手に持ちやすい小さめのペットボトルの蓋に穴を開け、同色の棒を分けて入れ落とすおもちゃ。※画像提供/くすのき保育園
くすのき保育園では、子どもの発達段階に応じた手作りおもちゃを子どもの興味に合わせて準備。 繰り返し出来るようにすることで、子どもが興味のあることを心ゆくまで続けられることを大切にしている。歴代のオリジナルおもちゃがたくさんあり、 その年、その時期の子どもの姿を見ながら各年齢ごとに作っている。(写真左)筒状ウェットティッシュの空き箱にひもを通したおもちゃ、(写真右上)椅子や机の脚にかぶせるカバーを利用し、同じ絵柄のシールの位置にはめ合わせていく、(写真右下)子どもの手に持ちやすい小さめのペットボトルの蓋に穴を開け、同色の棒を分けて入れ落とすおもちゃ。※画像提供/くすのき保育園

―― 「落とす」「引く」「回す」「挟む」「通す」「ボタンをつける」「結ぶ」など、観察した子どもの動きに合わせて、洗濯ばさみやクリップ、ひも、ビーズ、空き容器など身近な材料からでも教材を作ることができるんですね。

相良 子どもがどんな動きをしているか、何に興味があるか、観察することが大切ですよね。くすのき保育園では、保育士に夏休みの間に何か教材を作ってくるという課題があり、出来上がったらみんなの前で一人ずつ発表し合うようにしているんです。朝の日課で保育士がひもを通したバインダーで作業している様子を、いつも子どもたちがじーっと見ていた。それで、ウエットティッシュの空き箱に穴をあけて、輪になるようにひもを通しテープなどで壁に固定する(上の写真・左)と、子どもが喜んで、紐を通りがかりに引っ張って。限りなく出てくるのが面白かったようです。この教材を園長も絶賛していました。

―― 家庭での手を使ったお手伝いや遊びなど、生活でできる活動について相良先生はよく挙げられていますが、わざわざ幼児英才教育に行かなくてもいいんですね。知識を教え覚えるというような教室もたくさんあるんですが、幼児教育は先生から見るとどのように映りますか?

相良 私はああいうのは幼児教育とは思えないですね。子どもの成長を助ける専用の遊具が色々ありますが、そうしたものを買わなくても、子どもの成長に合わせた遊具を家庭にあるもので作れます。モンテッソーリの教育がリバイバルして今年でちょうど50年。日本モンテッソーリ協会設立50周年でもあります。リバイバルしたというのは、モンテッソーリ教育に関連するものは、大正時代に一度日本に入ってきているのですが、第二次世界大戦のときに欧米社会からの文化は全部消えたんですね。私は1960年代にフランス留学から日本に帰ってきて、そのころに様々な欧米の教育・文化がリバイバルして日本に入ってきていました。その当時から私が関わっていた「くすのき保育園」は、京都の高級住宅ではない下町の保育園でした。お嬢ちゃんお坊ちゃんたちにモンテッソーリ教具一式全部を系統立てて教えられるような先生も教具もそろわなかったんです。でも、京都は西陣織のきれはしや絹の反物が家庭にごく普通にある環境。そういう家にあるものを保護者や地域の方のご厚意で寄付していただき、教材を手作りしました。