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 2013年4月、大阪市立小・中学校に11人の民間出身校長が誕生しました。唯一の女性が、敷津小学校の山口照美校長。0歳児を含む2児の母でもあります。校長としての仕事と家事育児、夫婦の役割分担…。リアル子育て世代の女性民間校長が直面する様々な問題から、「未来の家族像」が見えてきます。

※この記事の内容は取材当時の状況や情報に基づいています。

夫と私、どちらも家事・育児をこなせるから

ハイタッチして役割交代ができる。

家族は同じ船に乗り、人生という海を行くのだ。

 2013年8月に40歳になった。その日は小学校で地域の防災訓練が行われており、校長として参加していた。朝から外部の人が使うトイレの便器を汗だくで磨き、「まさか40歳で小学校で働いているとはなぁ」と感慨にふけった。

 公募校長の中で、女性は1人、しかも合格当時は4歳と0歳の乳幼児持ちだった。校区である子ども向けの地域行事には、自分の子も連れていく。ベビーカーを押す私の姿を、「すっかりこっち側(保護者側)ですねぇ」と喜んで話しかけてくれるお母さんは多い。一方で、「校長として軽く見られる」と他の校長に心配されたこともある。難しい。

 着任してからの3カ月半、仕事環境の変化と同時に「家庭のやりくり」も大変だった。私が先に家を出る。夫が子ども2人を起こし、朝食を食べさせて保育園に送る。夫は訪問介護や外出介助の仕事を週の半分、自営業の仕事を週の半分ぐらいの割合でしている。夕方に子どもを迎えに行き、夕食を作って食べさせ、風呂に入れて寝かしつける。私は早ければ18時半ごろ、遅い日は22時すぎに帰る。日曜の夜は夫が介護の仕事に行くことが多く、私が子どもを寝かしつける。

 4月に義母が倒れるまでは、週3日ほど夫は実家に子どもたちを連れていき、夕食と入浴を義母に手伝ってもらっていた。今は、頼れない。リハビリ中の義母を見舞いにいき、洗濯物を持ってかえり、また持って行くのも彼の担当だ。私は、経済的なサポートを精いっぱいするしかない。

 ここで言い訳がましく「精いっぱい」と書いている自分に気づき、うんざりする。

夫に口うるさく言う毎日に疲弊「完璧を求めるより、まず終わらせろ」

私がパソコンを開いて仕事をする食卓で、沐浴後の着替えをさせていた夫。二人目にもなると、慣れたものだった。息子も家事育児を自然とできる男性に育ってほしい
私がパソコンを開いて仕事をする食卓で、沐浴後の着替えをさせていた夫。二人目にもなると、慣れたものだった。息子も家事育児を自然とできる男性に育ってほしい

 お盆休みに読んだ、シェリル・サンドバーグ著『リーン・イン』には「母親にとって、罪悪感のマネジメントは時間のマネジメントと同じぐらい重要である」と書いてあった。彼女はフェイスブックの女性最高執行責任者(COO)にして、2児の母。成功者然としてほほ笑む表紙を開くと、今の私と同じ悩みが書いてあった。

 夏休み、少し時間ができたので夫が子どもに朝食を与えるのを見る機会があった。ほぼ毎日、娘は菓子パンに麦茶、フルーツを少し。私が校長になる前は、目玉焼きやゆで卵も作っていたのに、下の子の食事にも追われるため作れなくなったようだ。ある日は、残った味噌汁にロールパンを出しているのを見て、さすがに止めた。「ごはんを解凍して何かおかずを作るから、パンと味噌汁の組み合わせはやめて!

 よく考えれば、給食で「ごはんと牛乳」の給食を食べているくせに、何をこだわっているのだろうか。

 「夫の育児参加についてアドバイスを求められたとき、私はいつも『彼に任せなさい』と言う。彼が自分でやろうとする限り、どんなやり方でおしめを替えたって文句を言わないことだ」

 夏休みになってから夫に口を出し続け、へとへとになったころに『リーン・イン』でこの記述にぶつかった。学校現場で児童に求める生活習慣があるだけに、つい、うるさくなってしまう。いや、本当は自分自身の母親としての罪悪感を、夫になすり付けているだけかもしれない。

 『リーン・イン』で紹介されていた、フェイスブック社に張られていたポスターがいい。「完璧を求めるより、まず終わらせろ」。家事・育児は待ったなし。ある意味、夫のラフな朝食は「まず終わらせろ」を実践しているだけだ。改善の余地はあるにせよ。

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子どもに必要なのは「母性」という不確かなものではなく、「環境」

 相変わらず、教育業界とその周辺は「母性」を育児に求めている。私はそのたび、胸が痛くなる。私自身が、自分を産んだ母親を知らないからだ。

 私を身ごもった母親は、私を産みたくないと言い続け、泣きわめく10カ月の私を床に転がして、3歳の姉と家財道具一式を持って出ていった。

 産んでくれたことに感謝はしているが、「子どもを捨てる母親」は確かに存在している。

 出産経験のない継母が24歳にして私を引き取って、父親と再婚してくれた。思春期の確執や家庭の経済状況に翻弄されて紆余曲折があったが、今の私がいる。子どもに必要なのは「母性」などという不確かなものではない。「環境」だ。導く大人は、誰でもいい。産んだ母親が育てるケースでも、閉塞的な育児より複数の大人がいたほうがいい。

 「産んだ母親の教育力」がないと子どもはまともに育たないと言われるたび、自分の人生を否定されたような気になる。母親だけに責任を背負わせるのではなく、チームで育児をすればいい。授乳ができないから、男に育児ができないなんてあり得ない。

 「完璧を求めるより、まず終わらせろ」

 ――よし、わが家にも張っておこう。

柔軟なチームを作るために男も女も「家事力」と「稼ぎ力」を

 最近、講演の依頼を受けることが増えた。学校運営が最優先だが、業務外の時間で可能であれば応じている。先日の講演では、「男女の役割が逆転している夫婦」というテーマを提示された。今後の女性活用につながるだろうから、話してほしいとのことだった。

 会場にはビジネスで成功されている年配の方も多く、恐らく私たち夫婦の話は「あり得ない」ことかもしれない。しかし、上司やトップたる男性の、「嫁に食わせてもらうのは男の恥」という偏見が、女性活用を阻んでいる。

 わが家の場合は私が稼いだほうが、経済的に安定する。出会ったとき35歳だった夫は、実家の米屋を手伝い、小遣い程度のお金をもらって過ごしていた。結婚も、子どもを持つことも諦めていたそうだ。質疑応答で「ダンナさんは山口さんが働き、自分が家事・育児をすることについてどう折り合いをつけたのですか?」と質問された。

 「折り合いも何も、彼は私に会って『神風が吹いた』と言ってます」と答えると、爆笑が返ってきた。

台所に立つ夫を見慣れているせいか、出先で見つけたままごとセットで息子は違和感なく「洗い物ごっこ」を始めた。男女問わず「稼ぐ力と家事力」を身に付けてほしいと願っている(左)。校長時代の一枚。たまに授業ができるのがうれしかった(右)
台所に立つ夫を見慣れているせいか、出先で見つけたままごとセットで息子は違和感なく「洗い物ごっこ」を始めた。男女問わず「稼ぐ力と家事力」を身に付けてほしいと願っている(左)。校長時代の一枚。たまに授業ができるのがうれしかった(右)
台所に立つ夫を見慣れているせいか、出先で見つけたままごとセットで息子は違和感なく「洗い物ごっこ」を始めた。男女問わず「稼ぐ力と家事力」を身に付けてほしいと願っている(左)。校長時代の一枚。たまに授業ができるのがうれしかった(右)

 現在47歳の夫は、時々、幼稚園時代や高校時代の友人と飲みに行く。家のローンを完済した、部長になった、子どもが大学に受かったなんて話を聞いて帰っても、彼は全く動揺しない。息子のオムツを替えながら「いや~俺が一番勝ち組やな~嫁が稼いでくれるねんから」と浮かれているほどだ。でも、そのおおらかさのおかげで、私は思い切って仕事に集中できる。

 夫の介護パートが夜に及ぶときは、私が1人で子どもたちを食べさせ、お風呂に入れ、寝かしつける。どちらも家事・育児をこなせるから、ハイタッチして役割交代ができる。家族は同じ船に乗り、人生という海を行く。子どもだって乗組員の一員だ。成長とともに、どんどん役割を与えて家庭の問題を「自分事」として考えられる子どもにしたい。

 育児については、母乳問題を解決できるなら、できるだけ産後から夫による「フルタイム育児」にチャレンジしてほしいと思う。「夫婦どちらもフルタイム育児ができる」ことはリスク管理として必須だ。妊娠、出産を経て女性は「親モード」に入りやすい。しかし、男性は小さな生き物を目の前にオロオロする。わが夫もそうだった。

 産後3週間目、怖い、怖いと不安がる彼に思い切って赤ん坊を預けて外出した。当時は自営業、私が止まれば収入は激減する。やむなくとった処置だが、帰宅すると夫は「親の顔」になっていた。自分が気を抜けば、死んでしまう生き物。守らなければと自覚し、やればできると自信をつけたようだった。

 同じく「稼ぐ力」についても、分割をおすすめしたい。3年前、実家の米屋が潰れて夫の収入がゼロになった。彼を、専業主夫として養うことはできる。ただ、私1人に頼った家計はリスクが高い。もし私が倒れたときに家計を担えるように、私が投資して介護の資格を取ってもらった。いざとなったら、役割を交換したり分け合ったりできるほうが、危機に強いチームになる。これは、仕事でも同じだ。

 柔軟なチームを作るために、もう一度繰り返しておきたい。男性の大黒柱プレッシャーと、女性の良妻賢母プレッシャーをリセットしよう。男も女も、「家事力」と「稼ぎ力」を身に付けよう。

 船の中でケンカもする。嵐に襲われ、仕方なく力を合わせる。気がつくと穏やかな波に揺られている。「ええ日やねぇ」と言い合える相手と、二人で一人、「ニコイチ」でやっていこう。

 子どもたちを、新しい船に乗せて送り出す日まで。

山口照美

同志社大学卒業後、大手進学塾に就職。3年間の校長経験を経て起業。広報代行やセミナー講師、教育関係を中心に執筆を続ける。大阪市の任期付校長公募に合格、2013年4月から16年3月まで、大阪市立敷津小学校の校長を務める。17年4月、大阪市生野区長に就任。生野区広報ブログ「チームいくみん通信」にて区長コラムを連載中。

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