日経DUALの特集記事『茂木健一郎 「理三を目指すような子には育てるな」』で、偏差値ピラミッドの頂点がゴールになるような子育てをするなと話し、子どもの幸せを願う親たちに、大きなインパクトを与えた、茂木健一郎さん。その地頭論の取材では1本の記事では収まりきらないほど、まだまだたくさんのお話が飛び出しました。そこで、記事の続編として、茂木さんの子育て論を展開するミニ連載がスタートします。
今回は、茂木さんが日本の母子の在り方を見ての懸念や、組織に帰属していないと安心できない日本の若者たちに感じる不安、そして、子どもの地頭を伸ばすための親の立ち位置について紹介します。

親が安全基地になりリスクテイクできる子に育てよう

 こんにちは。脳科学者の茂木健一郎です。

 前回は、自分のやりたいことを見つけ、それをやり抜いた経験は人生のさまざまな場面で応用することができる、すなわちそれが地頭のいいことですとお話ししました。

 そのやり抜く力ややり抜こうというモチベーションは、どうやったら引きだせるのか。今回は子どものやる気の盛り上げ方、地頭の伸ばし方についてお話しします。

 僕はよくジョギングをするのですが、ときどき気になるお母さんの姿を目にします。子どもが泣いているのに、先にスタスタと歩いているお母さん、です。日本ではよくある子育て期のワンシーンのようですね。

 状況としては、お母さんとしては早く家に帰ってご飯の支度をしたいのに、子どもはもっと公園で遊びたいといって泣いている。お母さんはイライラして、キレてしまったというところでしょうか。このふるまいを何度も見た経験から、僕は日本の子どもたちのことをとても心配しています

 アメリカのボストンやイギリスのケンブリッジで、僕はこのような光景を見たことがありません。子どもが泣くのは、目の前にいる親に助けてくれというシグナルです。アメリカやイギリスの親は、子どもが泣いていたら、必ず「なあに?」などと言って、泣き叫ぶ子どもに向き合います。子どもの要求を却下するときにはきっぱり「ノー」と言いますが、泣いて助けを求めている子どもに背中を見せるようなことはしません。

 そうはいっても、日本のお母さんにのしかかる育児と家事の負担を考えると、余裕がなくなってしまうのは無理もありません。お母さんの余裕を作るのは、お父さんの役目です。でも、日本のお父さんはどうでしょうか。

 ケンブリッジで同僚だった男性は、朝早く職場に来て、17時過ぎには帰宅し、残業はほとんどしていませんでした。そして家族の時間、夫婦の時間、自分の時間を楽しみます。一方、日本のお父さんは働きづくめです。家と職場も遠いですね。「早く家に帰って、妻をサポートせよ」と言っても、状況が許さないであろうことは容易に想像できます。

 背景には男性の働き方の問題もあるのですが、いかなる理由があるにせよ、子どもを置き去りにして、歩いて行ってしまうシーンをよく見かけるという日本の子育ての現状は変えていかなければなりません。

 なぜかというと、親に背中を向けられたとき、子どもの心からは親という安全基地が失われてしまうからです。安全基地が失われた子どもはどうなるか。“リスクテイク”ができなくなります

 例を挙げてみましょう。幼児期の子どもなら、お母さんから離れ、友だちと遊ぶことはリスクテイクです。もう少し大きくなって、自転車で遠くの街まで探検に行くということもリスクテイクです。つまり、リスクテイクというのは失敗を恐れずにチャレンジすることです。

 助けを求め、泣いている自分を無視し、スタスタと先を歩いていく親のふるまいは、子どもからすると自分の存在を否定されたも同然です。子どもは安全基地と同時に自信を失います。

 子どもたちが小舟に乗って大海原に出られるのは、親という母艦がしっかりと見守ってくれている安心感があるからこそです。ひとたび安全基地を失えば、子どもは失敗を恐れ、前に踏み出すことができなくなります。