いいコーチがアスリートを育てる。親は子どものコーチになれ!

 お父さん、お母さんに親としてもうひとつ心がけて欲しいのは、子どもを否定しないことです。前回、子どもがやりたいことに出会ったとき、「僕/私には無理かも」と思わない子に育てておくことが大事ですとお話ししました。「とにかくやってみよう」とポジティブに進んでいけるのは、地頭のいい子です。では、具体的にはどんなふうに育てればいいの? と思いますよね。

 それには、親が子どものコーチになることです。

 なぜ、コーチの存在が必要か? アスリート本人は、自分のいいところや悪いところを客観的に見ることができないからです。幼児期の脳の育て方について書いた本の中でも述べているのですが、どんなにすぐれたアスリートでも、よいコーチがいないと強くなれません。よいコーチは、アスリートをよく見て、適切な課題を与えています。子育てにおいてもそれは同じです。

 さらにもうひとつ。アスリートが限界を超える手助けをすることもコーチの大切な仕事です

 バルセロナ・アトランタ五輪女子マラソンの銀・銅メダリスト有森裕子さんのコーチだった小出義雄監督は、普段の練習で30キロ走ったあとに、1万メートルのタイムトライアルをやろうというようなユニークなトレーニングをされていたそうです。

 1万メートルのタイムトライアルは、ふつうならコンディションを万全に整えてから行うので、選手の間から「無理だ」「できない」という声があがってもおかしくありません。しかし、有森さんだけは黙々とタイムトライアルに挑みました。オリンピックの本番は何が起こるかわかりません。たとえ、想定外のことがあっても、その状況の中で全力を尽くすしかない

 有森さんは、小出監督からの予測のできない課題をオリンピックの本番と重ね合わせ、変化に対応していたのです。まさに地頭のよい人ですね。

 予測できない形で課題に取り組むことは、とりもなおさず、変化に対応できる力を育てるトレーニングでもあったのでしょう。それは地頭を伸ばすコツにも通じ、本番に強い子を育てます。

 どうですか。いいコーチになれる自信がつきましたか。子どもをよく見て、課題を見つけ、ときには変化球を投げる。お父さんお母さんも今日からぜひ、子どもの地頭を伸ばすコーチ業を始めてください。

うまくできた瞬間にほめると、子どもの脳に奇跡が起きる

 子どものいいところを見つけて、気づかせてあげることも、コーチング業の極意です。

 よく“ほめて育てろ”といいますが、顔を合わせるたびに「おまえはすごい」「天才だ!」 と言っても効果はありません。そこには言われた本人が納得できる情報が何もないからです。

 では、どんなタイミングがいいのか。

 子どもを注意深く観察し、子どもがチャンレジして、うまくできた瞬間にほめることが大事です

 これはコーチングの中でも相当、難易度が高いワザです。けれども、子どもが変化した瞬間をとらえ、ほめてやると、子どもの脳に奇跡が起こります。子どもはほめられると、自己承認欲求が満たされ、脳にドーパミンが分泌されます。すると、脳の神経回路が強化され、脳が豊かに発達するのです

 僕も人生で2回ほど忘れられない経験をしました。

 1回目は幼稚園のとき。僕は字をうまくなりたくて、みんなは園庭で遊んでいるのに、ひとり教室に残って、「あ」の字を書く練習していました。100回も「あ」の字を書いたのは、あとにも先にもこのときだけですが、大好きだったアライ先生はたまたま見ていたのでしょう。「けんちゃん、えらいわね」とほめてくれたのです。

 そのときほめてもらったことがうれしくて、僕は人よりたくさん努力をすることは大事なのだということを、子ども心につかみました

 2回目は、小学校6年生のときです。

 担任のコバヤシ先生は、すごい人でした。何がすごかったかって? たまたまだけれど、僕は勉強が人より良くできたので、教育上「こいつには苦手なことにも挑戦させるほうがいい」と思ったようです。

 そこで先生は僕を水泳の選抜メンバーに選んだのです。

 僕は水に入ると体がこわばってしまい、なかなか浮かなくて、とにかく水泳が苦手でした。コバヤシ先生はそんな僕をわざわざ選抜メンバーに選んだのです。とにかく練習するしかありません。1週間くらい毎日泳ぎ、疲れが出てきた頃、コバヤシ先生は僕に、「あとちょっとガマンすれば、疲れがすっと抜けて、記録が伸びるからな」と言いました。

 僕は本当かなあと半信半疑のまま練習を続けていました。すると、ある日、突然水がつかめ、記録がグンと伸びた。そして、僕がプールから上がった瞬間、ストップウォッチを手にしたコバヤシ先生がこう言ったのです。

 「茂木! 今のだ! わかったか!

 あれは見事でしたね。自分でもできた、という瞬間でした。それを先生が見ていてくれた。ほめてもらえた。そのことが僕の脳に奇跡を起こしたのです。

 お父さんもお母さんも、注意深く子どもを観察して、こんな瞬間をとらえてあげてください。忙しくてとても無理、と思うかもしれません。それに、いかにその瞬間をとらえるか。これはとても難しい。難しいけれど、子どもに目をかけ、よく観察することは、最大の愛情表現だと思います。そういう奇跡的な瞬間が年に1回でもとらえられれば十分です

 子どもはお父さん、お母さんにほめられると、他人にほめられるより、さらにドーパミンの分泌が増えます。つまり、子どもの脳にターボがかかります。世界でそれができるのは、お父さんお母さんしかいないのです

 次回は「地頭のいい子を取り巻く人間関係」について、お話しします。

(文/小山まゆみ、取材・構成/日経DUAL編集部 福本千秋、撮影/鈴木愛子)