学習塾の夏合宿と言えば、大きなホテルにカンヅメになり、朝から晩まで徹底的に勉強するイメージがありますよね。確かに学力増強につながるかもしれませんが、なかには心も体もヘトヘトになる子もいます。でも、そんな夏合宿ばかりではありません。「公立中学で伸びる子は親が違う」の連載で人気の松永暢史さん(教育環境設定コンサルタント)が、34年ぶりに夏合宿を実施しました。主催する教育相談事務所「V-net」の生徒を連れての5泊6日の合宿の場所は、なんと「囲炉裏のある家」。さてそれはどんな合宿なのか、松永さん自身の手による「合宿記」を3回にわたって掲載いたします。

(上) 34年ぶりの夏合宿 囲炉裏と川遊びとBBQ ←今回はココ!
(中) 勉強に集中させるのは「川遊び」と「おにぎり」だった
(下) デジタル機器のない5泊6日 子どもは何を学ぶのか

(日経DUAL特選シリーズ/2017年11月収録記事を再掲載します。)

「焚き火の次は何ですか?」「それは……囲炉裏だろ?」

 「ゲーム中毒少年の治療、そして子どもの脳の活性化には、何より焚き火が有効である」と実践・証明し続けて10年が経った。実際子どもたちとともに100回近くの「焚き火の会」を行ってきたが、昨今は全国各地で子どものための焚き火、川遊び、アウトドアといった活動が広がって来ている。自分も世の流れに沿った教育を展開して来たことになるのだろう。わかる人にはちゃんとわかるのだ。

 

 さて、そんな今日この頃、長らく焚き火担当をしてくれている若手教師のM先生に「先生、焚き火教育の次は何なのですか?」と問われたのだ。そこで何気なく口にしたのが「焚き火の次は囲炉裏だろ」という言葉だった。

 「囲炉裏ってどうするんですか? そこで何をやるんですか?」

 「囲炉裏を囲んで学習し、音楽や芸術を楽しみ、食事を作り、リベラルアーツとかやるのさ」

 そうは言ったものの、実際には不可能だと思っていた。

 焚き火でさえやれる場所を確保するのは大変なのに、今どき囲炉裏が使える家なんてあるはずがない。せいぜい薪ストーブになるのがオチである。

 ところが、教師Mの「若い力」の瞬発力と行動力、粘着力には想像を超えたものがあり、挫折屈折紆余曲折、時には諦念もチラつかせながら、ついに約1年後、話せば長い国境を越えた偶然の縁と奇跡で、東京都の西、奥多摩は川井に囲炉裏付きの古民家を借りることに成功したのである。

囲炉裏付きの古民家を借りることに成功した
囲炉裏付きの古民家を借りることに成功した

理想的な学習環境には「火」と「森」と「川」が必要だ

 この家には2年前まで老人が一人で住んでおり、暮らしやすいようにキッチンや風呂場がリフォームされ、理想的な生活空間になっていた。

 家の玄関を入ると広い板敷きの空間が広がり、その中央に長方形の囲炉裏がある。右手は建て増しされたキッチン。左手には各々8畳の二つの座敷がつらなり、さらにその右奥に、大きな押し入れがついた6畳間がある。座敷の南側は長い縁側である。北側にもトイレに繋がる縁側があるので、縁側で室内を一周することができる構造になっている。

 場所は多摩川上流の河岸段丘の上にあり、30メートルほど下ると多摩川上流の河原に出る。河原の先の対岸岩山の下のところを川は流れるが、川幅が細くなって急流である。辺りにまれな釣り人以外の人影はない。対岸は急峻な山並みで、広葉樹林が広がっている。その多様なみどりの千変万化する色彩が、他に喩えようもないほど美しいので、密かに「珊瑚礁」と命名されているほどだ。

 裏山には多様な動物が生息しており、タヌキ、アナグマ、イノシシ、ハクビシン、そしてサル。夜にはキューンキューンとシカの鳴き声も聞こえる。役所からは「クマが出た場合は通報して欲しい」とも言われている。

 キジ、トンビなど鳥の数は数え切れない。都会ではお目にかからない虫もたくさん目にする。そして顔を上げれば、目にするだけで癒される「珊瑚礁」の森がある。学習環境として、これ以上何を望むだろう。

多摩川上流の河原。みどりの千変万化する色彩は他に喩えようもないほど美しい
多摩川上流の河原。みどりの千変万化する色彩は他に喩えようもないほど美しい
8畳の二つの座敷がつらなり、南側に長い縁側がついている
8畳の二つの座敷がつらなり、南側に長い縁側がついている