学校から帰宅しても宿題に追われ、塾に習い事にと、大人顔負けの忙しい日々を過ごしている、そんな小学生が多くなってきました。共働きの家庭では、ダブル学童や塾に通わせ、帰宅するのが夜の9時、10時になる子どもも珍しくありません。子どもの寝る時間が遅くなると、どのような影響があるのでしょうか。連載最終回では、今、日本の子どもたちの睡眠に何が起こっているかを、成田奈緒子さんにお話を聞きました。

睡眠時間を削ると「おりこうさん脳」の土台が痩せ細る

 こんにちは。小児科医の成田奈緒子です。

 この連載で、私は何度も「理想の睡眠は大人も夜の11時にはベッドに入り、7時間の睡眠を確保することです」とお伝えしてきました。実行してみていかがでしょうか? とても無理という人も多いかもしれませんね。今はよほどの信念がない限り、早く寝ることが難しい社会になっています。それは子どもにおいても同様です。大人より早く寝るべき子どもたちがベッドに入る時間が、どんどん後ろ倒しになっています。これは、とても深刻な問題です。

 小学生の子どもは、夜8時に寝て、朝の6時までに起きるのが理想です。どの学年の子も10時間の睡眠が必要です。けれども塾や習い事、ダブル学童などで帰宅するのが夜の9時、10時になっては、既にその時点で理想の就寝時間を過ぎています。

 小学校で統計を取ってみると、多くの家庭では子どもたちの就寝時間の目標を夜10時にしています。学校のある日の起きる時間は6~7時ごろでしょうから、目標段階でも既に睡眠時間が2~3時間も削られていることになるわけですね。

 そもそも小学生の子どもが夜9時過ぎに帰宅する時点で、心身の健やかな成長に黄色信号が灯ります。睡眠時間を削ってまで塾などで英才教育を受けたとして、将来その子が大人になったとき、いい影響があると思いますか?

 残念ながら、答えはノーです。

 この年代の子どもたちに必要とされる睡眠時間を10時間から8時間に短縮してしまうと、成長期の脳の発達に悪い影響を及ぼす可能性があります。そこで私は、小学生の親御さんに「せめて子どもたちを夜9時までに寝かせ、朝の6時に起きる9時間睡眠を心がけてください」とお願いしています。就寝時間の理想は夜8時ですが、子どもたちの今の生活スタイルを考えると、現実的には厳しいからです。

 以前、この連載で、睡眠をコントロールしているのは、脳幹とその上に乗っかる大脳辺縁系と小脳で、生命維持に必要最低限な機能を担っているとお話ししました。私はこれを「古い脳」と呼んでいます。

 「古い脳」に対して「新しい脳」と呼んでいる部分もあります。それは記憶や思考、言語など、人間が人間らしくあるための高度な心や情感を司る大脳皮質で、より進化した動物が獲得してきた部分です。私はこれを「おりこうさん脳」とも呼んでいます。

 勉強することは「おりこうさん脳」の働きになるので、小中学生のときにこれを鍛えることは大切です。ただし十分な睡眠をとっていないと、「おりこうさん脳」の土台になる部分がやせ細ってしまいます。つまり、睡眠時間を削って、勉強をすることは子どもの成長にとって、本末転倒なのです。

 「古い脳」の役割である土台というのは、人間が生きていくうえでの土台です。成長期の子どもたちの睡眠時間を削ってまで勉強をすることは、建物の土台になる1階部分をどんどん貧弱にして、その上に大きな2階をのせているようなもの。構造として非常にアンバランスです。