自由と責任は切り離せないもの よりよい学習環境への試行錯誤

 

 「授業が面白ければ、生徒みんなが集中できる。自分で選ぶことによって参加意欲が増し、勝手にどこかへ出て行ってしまうことはありません」とほほ笑むミッコ校長。

 「いかに自由とともに、責任を持たせるか。導入前には移行期間を設け、責任のある行動ができない子は、教師が個別に面倒をみて少しずつ育てました。自由と責任のベースとなるのは、信用・信頼がキーワード。私の居場所はここにあるという安心感も大切です。学校を見てまわるような監視官をなくし、教室の外や校舎の外を柔軟に使いながら学習環境を整えていきましたね

 ヴィヘルカッリオン小学校では、新カリキュラムへの移行前から議論を重ね、現在の方向性ができた。現在、ITの専門知識がある教職員6人が、ほかの教員のサポート役を務めている。  

 「トライ&エラーを重ねたのは、タブレットの取り扱い。導入した際にデジタル世代だからみんな使えるだろうと思ったら、落としてスクリーンを割ったり、コードの部分から引っ張ったりと想定外の修理費用がかさみました(苦笑)。工夫をしないと、予定外のお金を使うことになります。わが校では保管庫を決め、先生が事前に使い方やメディアリテラシーを説明する時間をつくりました」

 「フィンランドの男の子は女の子よりも学校への満足度が低い傾向があります。席に無理やり縛りつけるのではなく、動く自由を得ることで授業への参加意欲が増しました。動くこと=学べないわけではないと、私たちは考えています

 日本において、“ゲーム”の存在にネガティブな印象を持つ人は少なくないが、フィンランドでは、興味ややる気を喚起するツールとして教育現場でも柔軟に活用している。子どもの意見を取り入れ、意欲を伸ばした象徴的な事例が、「プレイステーション」を授業に取り入れたこと。

 「プレイステーションで遊びたいという子どもに、『課題が終われば、プレイステーションで遊んでもいい』と条件を出すことで、子どもたちのモチベーションが上がることが分かりました。モチベーションの向上は、新たな学びへとつながります。実際にご褒美的にゲームを取り入れたことで、課題を終えた6歳の子と12歳の子がゲームの前で仲良く一緒に踊る光景も。世代間の交流につながり、みんなが共同体という意識が生まれました」

 
床にサッカーゲームやピアノなどの映像が投影され遊べる最新システムを導入。「机がなくなり最初は戸惑ったけれど、今のテーブルのほうがスペースが自由に使える。外に出て勉強するのは楽しい」(マルクスくん、小6)。「教室の中はざわざわしている。逆に外のほうが落ち着いて勉強できる」(ソフィアちゃん、小2)
床にサッカーゲームやピアノなどの映像が投影され遊べる最新システムを導入。「机がなくなり最初は戸惑ったけれど、今のテーブルのほうがスペースが自由に使える。外に出て勉強するのは楽しい」(マルクスくん、小6)。「教室の中はざわざわしている。逆に外のほうが落ち着いて勉強できる」(ソフィアちゃん、小2)

 教育におけるデジタル活用が進む一方で、伝統的な手工芸も重視している。小学校では男女ともに木工と手芸を学ぶが、哲学の授業では心を落ち着けるために、手芸をしながら授業に参加する生徒たちの姿が見られた。

 
哲学の授業中、手芸をしながら参加する生徒。自分にとって心地よいスタイルで授業を受ける自由が与えられている
哲学の授業中、手芸をしながら参加する生徒。自分にとって心地よいスタイルで授業を受ける自由が与えられている

 「昔は指を使って書くという行為が、今はキーボードを10本の指で打つ時代に変わってきている。どちらも間違ってはいませんが、タブレットのように1本の指ではなく、手と指を使う作業は、『自分で作った』という達成感があり、動きを繊細に調節することで脳に刺激を与えると考えられています。1つの目標に対して、総合的にアプローチしていくことが大切です」(ミッコ校長)

 今回の滞在中に訪問したフィンランド家庭では、小学生の子どもがレゴで作ったテレビゲームで遊んでおり、ものづくりとITテクノロジー双方が、子どもの日常に浸透しているように感じられた。ネットのゲームなどはあくまでも学習に興味を持たせるきっかけとして活用され、理解を深めるために、五感を使った活動をはじめ新聞や本などのツールとの併用が推奨されている。

「リアルゲームは、やるべきことを終えてから」とルールが決められているフィンランド家庭。レゴ製ゲームスクリーンに向かって、ゲームのリモコンを操作し、想像力が広がる!?
「リアルゲームは、やるべきことを終えてから」とルールが決められているフィンランド家庭。レゴ製ゲームスクリーンに向かって、ゲームのリモコンを操作し、想像力が広がる!?
  

 新カリキュラムでは、国語や算数などといった縦割りの教科を超えて、教科は学ぶための大切な技術とされ、教科横断的な授業が求められていると話すミッコ校長。日本の「総合的学習の時間」に当たるプロジェクト学習では、授業時間数は定めておらず、各教科の時間をどのように組み合わせるかは学校の判断に委ねられている。実際に教科横断的な授業は、多くの学校で新カリキュラム導入以前から取り入れられてきたそうだ。

 ヴィヘルカッリオン小学校でも、校内の空き教室を利用して、6年生が「エスケープルーム」という迷路部屋をつくるプロジェクト学習を行っていた。薄暗い部屋に野外で撮影した映像や森をイメージさせるBGMを流し、布や紙などで作った作品を配置。要所要所に設置された様々な問題を解いていくことで、次のステージに進める。迷路は低学年と高学年の2つのバリエーションがあり、問題は各学年のカリキュラムの中から出題し、各クラスでアイデアを出して全校で作った。

 
写真左、右上:エスケープルーム。入り口には森をイメージさせるBGMが流れ、文化祭のような空間。写真右下:音楽室にはドラムやギターなどがあり本格的!
写真左、右上:エスケープルーム。入り口には森をイメージさせるBGMが流れ、文化祭のような空間。写真右下:音楽室にはドラムやギターなどがあり本格的!

 「ピアノの足やテレビドラマの舞台装置など、材料のほとんどがリサイクル品。制作する際には話し合いを積極的に行い、それぞれ異なる意見の中で落としどころを見つけていくスキルを身に付けました。環境学習に加えて、数学や地理、図工の要素も取り入れています。こうした学習では、課題をどうつくるかが大事。材料を調達するのに時間がかかったり、クリティカル・シンキングを実践する場となりました」