日経DUALの連載でもおなじみのNPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹さんは、母親が働きながら家事も育児も一手に担う、典型的な「ワンオペ育児」の家庭で育ちました。そんな駒崎さんの子ども時代の思い出や、「鍵っ子生活」で得た貴重な学びなどについて伺ったインタビュー「上」編に引き続き、「下」編の今回は、小学校生活が苦痛だった理由や、母親から全面肯定されてきた経験などについて語っていただきました。

読書、塾…「学校以外の居場所」があったことが救いに

日経DUAL編集部(以下、――) 学校生活が苦手だったということなのですが、当時、「生きづらさ」のようなものを感じていたのでしょうか?

駒崎弘樹さん(以下、敬称略) 生きづらさ、感じていましたね。学校という「管理される箱」に詰め込まれるのがとにかく苦痛で。家でも、ささいなことで親に食ってかかってばかりいました。

―― それでも行き詰まったりすることなく、ここまで進んでこられた理由は何だったと思いますか?

駒崎 学校以外の居場所を見つけられたことが大きかったと思います。それは例えば、本の世界だったり、塾であったり。姉が指し示してくれた進路の選択肢も救いになりました。

 親も親でいい意味で放任主義というか、学校の先生からはしょっちゅう呼び出しがあったと思うのですが、「先生、ご迷惑おかけします。厳しくやっちゃってください」と受け流し、うちでは僕に何も言わなかった。むしろ、僕という存在を丸ごと包んでどんなときでも応援してくれているんだという愛情は常に感じていましたね。

―― その愛情というのは、どのような伝え方をされていたのでしょうか?

病児保育事業をスタートさせた当初の貴重な一枚。駒崎さんのお母さん(中央)も保育スタッフとして、事業立ち上げに深く関わった