今回紹介するのは、自身や家族の病気などをきっかけに、広告代理店の会社員から、起業家へと働き方をチェンジした石嶋瑞穂さん。現在は、病児や障害児専用のグッズ販売を行うECモールを運営しながら、子どもたちの持つかわいらしさや成長をサポートする「チャーミングケア」という概念を広めるべく、ポータルサイトなどを中心に情報発信を行っています。前編では、そんな石嶋さんの会社員時代を振り返りながら、起業までの経緯をお聞きしました。

今回のDUALなヒロイン

石嶋瑞穂(いしじま・みずほ)さん。1978年生まれの41歳。夫と小5・小4・小2の3人の息子と共に大阪で暮らす。

2016年に企画・提案書、プレゼン資料代行などを請け負うSTR企画を立ち上げる。長男の入院でCVカテーテルカバーなどの医療ケアグッズの必要性を実感し、病気と闘う子どもたちとその家族を応援するショッピングサイト「マミーズアワーズショップ」、病気や障がいのある子ども、その親などに向けた情報発信を行うポータルサイト「みんなのチャーミングケアラボトリー」の運営をスタート。現在は、「チャーミングケアモール」の代表取締役社長として、国内外に向けたECモールを運営・管理する。2017年「J300アワード特別賞」、2018年「大阪商工信金社会貢献賞」を受賞。


 私、人一倍旺盛なハングリー精神があると思っています。家庭の事情から、高校や大学にはアルバイトなどをしながら通っていましたし、自分の人生を自分で切り開いていくのは「当たり前」という感覚があるんですね。

 そんな私が20代の頃に決めていたのが、「30歳までに、やりたいことを全部やる」ということでした。

 それもあって大学を卒業後は、幾つかの広告代理店などで経験を積み、「やっぱり、広告をやるなら東京でしょ!」と思い立ち大阪から上京。ひとまず広告代理店に就職しましたが全く面白味をみいだせず、しばらくは東京で無職の状態でした。アパレル系のネットショップをやっていた友人の手伝いをしていました。

 ただ、その間も、当時流行していたmixi(ミクシィ)やブログなどを通じた発信だけは続けていて、面白がってくれる人も多かったんですね。ある日、大手広告代理店の業務を請け負う会社の社長に、「君、面白いね」と声を掛けられたのがきっかけで、その会社のネットベンチャー事業の責任者として働くことになりました。

 当時は、会社の求める経費削減を達成すべくがむしゃらに働きましたね。入社して早々、人件費のかかる「足で稼ぐ従来スタイルの営業」をやめ、ウェブによる営業スタイルに変革したり、人員削減などを推し進めたりしました。以前からいた社員からすると「いきなりやってきてなんなんだ、このよく分からない関西弁の人は」という感じだったと思います。しかしその結果、2年で売り上げをV字回復し、私は部長職と同等の役職を得ることになったのです。

 当時を振り返ると、若さゆえの勢いがあったなあ、と思います。ただ、何でも順風満帆とはいかないもので、あるときから不正出血が続いたので子宮頸(けい)がん検診を受けたところ、異常が見つかったんですね。医師には、「放っておくとがんになる可能性がある」と言われました。そこからです。働きたくても働けない状態が続くことになりました。

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  • 「子宮がんになる数歩手前」でやむなく手術
  • 育児に専念することにした7年間
  • 働きたくても働けないジレンマを抱えて
  • 「おそらく白血病でしょう」と告げられて

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