文字や数を教えることのが幼児期に必要な教育なのか?

汐見 ここにまた大きな誤解があります。幼児の早期教育というと文字や数を教えることだという、間違った思い込みが

駒崎 おっしゃる通りですね。目黒区で起きた痛ましい虐待事件でも5歳の子にひらがなを強制的に教え込む行動が見られましたが、まさに幼児教育に対する誤解の最たるものだと思います。

汐見 幼い子どもたちに文字や数を先走って教えたところで、その後の学力には何も効果がないことはすでに分かっているんですよ。英語を一生懸命教え込まれた3歳児が、中学生になって全員英語の成績がいいかというと、そんなことはない。なぜ効果がないかというと、「英語を学びたい」という強い気持ちが3歳児にはないからです。知的教育というのは本人の動機が伴わなければ効果がないんです。皆さんも思い当たりませんか? 三角関数や古典の活用、全部覚えてますか? 知識というのは「知りたい、学びたい」という気持ちがなければ定着しません。

駒崎 つまり、「保育園は教育するところではない」という誤解と、「幼児教育とは文字や数を早く習わせることだ」という誤解の二重の誤解が生じているということですね

汐見  そう、誤解(5階)と誤解(5階)で10階分の誤解なんですよ(笑)。

学校教育が変わる時期に合わせて幼保区別なしの改定がなされた

汐見  冗談はさておき、今回の改定の目的は、単に幼稚園や保育園の教育を共通化してレベルを向上させようというものだけではなくて、小中高大の学校教育、家庭教育、そして社会教育の全体が21世紀型にバージョンアップしていくことも見越したものになっています。たくさんの正解を覚えて暗記の力を磨く教育ではなくて、正解がない世の中で、その都度の適切な解を自ら考えて作り出すための教育が問われる時代なんですから。

 その教育をいつから始めるか?というと、乳幼児期からやらないと意味がない。で、学校教育が変わろうとするときに幼稚園は自然と連動するわけだけど、「保育園は聞いていません」では日本の学校教育変革の効果が上がらなくなってしまう。だから、もうこの際、幼稚園も保育園も区別せずに同じ機能を果たしてもらいましょうというのが、今回の改定で明確にされた方針です。

駒崎 それによって、これからは3歳児以降の子どもは、幼稚園も保育園もほぼ等しく、日本が必要だと考える21世紀型の教育を受けていく。これはすべての親が正しく理解しておくべきポイントですね。

21世紀型の教育方針、キーワードは「資質・能力」

編集部 とはいえ、現場で混乱はないのでしょうか? 「保育園で働く保育士さんは、教育に必要なスキルを備えていないのでは?」といった疑問を抱く親もいると思います。

駒崎 保育士は幼稚園教諭の資格もダブルで取得している人も少なくないので、基本的な知識は身に付いていると思います。あとは文化の違いを埋めていく問題ですね。僕は幼保間のギャップよりも、保育園間のレベルの差のほうが気になっています。その点でぜひ、汐見先生に伺いたいのが、先ほどおっしゃった幼保にかかわらず推進していく21世紀型の教育方針のポイントです。そのキーワードは「資質・能力」として表現されていますね。

汐見 「資質・能力」って変な言葉だなと思われるかもしれませんが、少し前に言われていた「生きる力」という表現に相応します。より具体的に「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」として10の項目にまとめたのがこちらです。

・健康な心と体
・自立心
・協調性
・道徳性・規範意識の芽生え
・社会生活との関わり
・思考力の芽生え
・自然との関わり・生命尊重
・数量・図形、文字等への関心・感覚
・言葉による伝え合い
・豊かな感性と表現

汐見 これらがなぜ大切になっていくのかと考える前提には、これから子どもたちが生きる社会がどんな世の中になっていくのか、という予測があるんですね。ネット社会が発展していく先には、人と人の関わりというのはどんどん減っていく。お店に行かなくたって本がその日に届くし、スーパーやコンビニでは顔認証でレジさえ通る必要がなくなる。

 知りたい情報はいつでもすぐに手に入るし、仕事の会議はもちろん芸術を楽しむことだって自宅を出ずにオンラインで何でも済む世界になるのは間違いない。となると、たまたま出会った人から「それやっちゃいけないんじゃない?」と直に反応を受ける機会がどんどんなくなっていくんですよ。

 歯止めになってくれる人と出会いにくくなる。つまり、コンピューター社会はとんでもない独善主義者を育てる可能性がある。「俺が考えていることは正しいんだぞ」ってクリックして賛同意見だけを収集して、無意識に他人を扇動していく。フェイクニュースなんて主たるものでしょう。それで戦争が仕掛けられていけば、人類は滅びてしまいます。