少子高齢化、人権、子育て支援など、今日本の社会が直面している諸問題について、NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんが各界の専門家や政治家に切り込む本連載。連載最後のゲストは、日本の教育学、保育を見つめ続けてきた汐見稔幸先生です。今年改定された「保育所保育指針」「認定こども園教育・保育要領」などの意義や、21世紀に向けての幼児教育について聞きました。取材会場となったのはフローレンスの会議室。フローレンスが運営する保育園の園長先生など、多くの保育スタッフが見つめながらの対談となりました。上下2本の記事でお届けします。

3歳児以降の幼児教育は園に関係なく共通の取り組みがされることになった

駒崎弘樹さん(以下敬称略)汐見先生といえば保育業界では「その名を知らなければモグリだ」と言われるほど、日本の保育・幼児教育を牽引されてきた生けるレジェンド的存在です。保育の世界で生きる我々にとっての指針のような人物ですね。昨年3月に告示された「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」「認定こども園教育・保育要領」の改定においても、議論の段階から中心的役割を果たされてきました。

 この改定により、原則として3歳児以降の幼児教育は幼稚園・保育園・認定こども園など、通う園の違いによらず、共通した取り組みをしていくことが明確に定められたという点で“歴史的改定”と話題になりました

 しかしながら、その認知はまだ不十分で、子育てをする親御さんの中には「保育園は保育、幼稚園は教育。全く別物なんでしょう?」という言説が根強くあるのが現実です。今日はこれからの時代に実際に起こる保育・幼児教育の変化について、汐見先生から教えていただきたいと思います。

汐見稔幸(しおみ としゆき)
臨床育児・保育研究会代表。東京大学名誉教授・白梅学園大学前学長。1947年大阪府生まれ。東京大学教育学部卒、同大学院博士課程修了。東京大学大学院教育学研究科教授を経て、2007年4月から白梅学園大学教授・副学長、同年10月より2018年3月まで学長。専門は教育学、教育人間学、育児学。三人の子どもの育児に関わってきて、その体験から父親の育児参加を呼びかけている。保育者たちと臨床育児・保育研究会を立ち上げ定例の研究会を続け、また同会発行のユニークな保育雑誌『エデュカーレ』の責任編集者でもある。『「天才」は学校で育たない』(ポプラ社)など著者多数

汐見稔幸さん(以下敬称略) 今日はフローレンスで働く保育士さんもたくさん聴きに来てくださったそうで、うれしく思います。さて、早速ですが、「幼稚園が教育で、保育園が保育」という言われ方が広まった背景からお話ししましょうか。

 この根拠は、それぞれがひも付いている法律で書かれている言葉が元になっているんですね。幼稚園は「学校教育法」という法律で“保育”もするが“教育”もするというふうに書かれてあり、保育園は「児童福祉法」で“保育”のための指導を行うとしか書かれていない。だから、法律の規定に沿って、保育園では「教育する」とは正式には言えないことになっている。

保育という言葉は幼稚園で生まれた。その後、幼保の差別化から誤解が

汐見 日本は教育信仰が強い文化ですから、「教育のほうが保育より立派でエラい」なんて誤解されやすいんですがね、さらに遡れば、「保育」というのはもともとは幼稚園が使っていた言葉だったんです。戦前に託児所ができて、幼稚園が使っていた「保育」を引用して「保育所」と名乗り始めたら、幼稚園のほうから「保育という言葉は幼稚園の言葉だから使わないでほしい」とクレームが来たという記録が残っています。

駒崎 「保育」が元は幼稚園が使っていた言葉とは、意外かつ面白いですね。

汐見 そうなんです。現在のお茶の水女子大学附属幼稚園(1876(明治9)年開園)が初めて法的に認められた幼稚園として始まったときに幼稚園についてのカリキュラムを国が制定したのですが、その時に「保育」という言葉が初めて使われたといわれています。

 その後に、あちこちで1歳、2歳も預かって、夕方まで子どもたちを見る施設ができたんだけれど、「単に子どもを託されて預かっているのではなく、保育をしているので『保育所』と名乗ります」と言ってできたのが、例えば双葉保育園(1900(明治33)年設立)です。

 「保育は幼稚園の言葉だから」といった、幼稚園の意図を説明すると、「保育」という言葉は、中国の高官の子どもを育てるうえで使われた「保護教育」の略語なんです。保護+教育で保育。小学校に上がる前の子どもたちは、失敗を認めながら「どんなことがあっても君たちの安全を守りますよ」という姿勢とセットでなければ教育できない。つまり、“保育”と“教育”は別物ではなくて、幼児期の教育のことを「保育」と言っていたんです。

 ただ、その後、保育園に通う子どもたちが増えて、幼稚園は幼稚園で違いをハッキリさせなきゃいけないということで、独自の規定として「幼稚園教育要領」というものを作った。差別化のためにあえて“教育”としたんですね。ここから、「保育園は教育をしない」という誤解が広がっていった。「そんなことない。保育園でも教育しますよ」と言っても「だって、文字や数は教えてくれないでしょ?」って。