少子高齢化、人権、子育て支援など、今日本の社会が直面している諸問題について、NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんが各界の専門家や政治家に切り込む本連載。今回は、組織・人材マネジメントに詳しい立教大学教授の中原 淳さんに、いまだに進まない女性活用の課題、解決策について聞きました。話題はヘルプシーキング、ワーママの上司は同僚をどうフォローすべきかなど多岐にわたり、下編では地域行事で味わった無力感についての告白も飛び出しました。現役パパらしく、共働き家庭の問題を踏まえつつ、社会全体を見渡した中原さんへのインタビューを上下2本の記事でお届けします。

7400人の働く女性を調査 女性管理職を集めるのに苦労

駒崎弘樹(以下、駒崎) 中原先生はフローレンスの理事としても日ごろからお世話になっていますが、「大人の学びを科学する」をテーマに実践的な人材開発を研究されています。近著では膨大な調査に基づく女性の育成の課題を分かりやすく解説されていて、非常に示唆に富む内容です。ワーキングマザーのリアルな本音にも寄り添っていますね。

中原 淳さん 立教大学経営学部教授。同大リーダーシップ研究所副所長(兼)。ビジネスリーダーシッププログラム主査(兼)1975年北海道生まれ。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・リーダーシップ開発について研究。『組織開発の探究』『女性の視点で見直す人材育成』(ダイヤモンド社)など著書多数
中原 淳さん 立教大学経営学部教授。同大リーダーシップ研究所副所長(兼)。ビジネスリーダーシッププログラム主査(兼)1975年北海道生まれ。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・リーダーシップ開発について研究。『組織開発の探究』『女性の視点で見直す人材育成』(ダイヤモンド社)など著書多数

中原 淳さん(以下、敬称略) この本では、女性が歩むキャリアのステージを「実務担当者(スタッフ)期」「リーダー期」「管理職(マネジャー)期」の3つに分け、さらに「ワーママ期」の4つにわけて、それぞれのステージに生まれうる人材課題をあぶり出しました。さらに工夫したのは、女性に加えて、男性にも同じ質問紙で回答を求めたことです。こうして男女の差がわかります。こうした規模での研究が可能になったのは、共同研究相手であるトーマツ イノベーション株式会社さんとのコラボレーションのおかげです。男女を含めた7,400人分の調査を行えました。これまでの調査とは、一線を画すものだと思っています。

駒崎 世界でも類を見ないほどのサンプル数ではないでしょうか。

中原 珍しい規模の調査だと思います。女性ならではの特殊性をあぶり出すには、ジェンダー(性差)による結果の比較が必要だと感じていました。女性のキャリアを考えるうえでは、また、それぞれのライフステージごとの変化や挑戦的課題を明らかにすることが重要です。今回はそれが実現できたと思っています。

 一番苦労したのは管理職女性のサンプルを集めること。伝統的な企業の管理職研修に呼ばれても、だいたいどこの業界に行っても9割は男性というのがザラですから。女性が主な消費者である消費財系の企業であっても、伝統的な企業は、管理職クラスの女性は、まだまだ限られていますね

駒崎 うちの副代表が某大手女性下着メーカーの出身なのですが、やはり管理職はほぼ男性だったと言っていました。「どうやって女性の下着の使用感に寄り添えるの?」と思いますよね。改めて、この本を書こうと思った動機は何だったんですか?

中原 一言でいうと、かつての研究に対する「懺悔」と「リベンジ」ですね。僕は15年ほど前から、職場の人材育成に関する研究を進めています。ですが、15年ほど前は、正直、これほどまでに職場のメンバーや働き方が多様化するという想定ができていなかったのです。かつての僕の研究は、日本人、正社員に焦点があたっていて、もちろん性差のことは考慮にいれて分析はしていましたが、十分ではありませんでした。

 現在の職場は、女性や外国人、シニア、障がい者と、いろんな属性の人が職場を構成するようになりました。雇用形態も多様化しています。非正規、地域限定社員といった雇用スタイルの違いも生まれています。ここ数年の僕の研究課題は、かつての自分の研究に足りなかったピースを埋めていく作業です。まさに、職場に広がる”多様性”と向き合おうとしています。この本は、これまで不充分だった反省も含めて、「マイノリティの中でのマジョリティ」である女性を皮切りにしながら、多様なメンバーが働く職場をいかにつくっていくかを論じています。

駒崎 なるほど。研究者としての中原先生の個人的懺悔でもあり、日本社会全体が直面する課題の提唱であるということですね。おっしゃる通り、10月末から始まった臨時国会では、外国人労働者受け入れを拡大する入管法改正案がまさに通ろうとしています。「家族を連れて来てもOK」って、実質上の移民ですよね。「女性すらまともに活用できていないのに、外国人を活用できるの?」と甚だ疑問なわけです。

 まずは人口の半分を占める女性が活躍できる社会にしなければならない。そのためには職場が変わんなきゃいけない。でも具体的にはどうやって?……というソリューションに切り込んでくださっている点がすごくありがたいと思いました。

中原 そこはすごく配慮した点で、この本が単に女性のための本になっては意味がないなと思っていました。ゴールは、「誰にとっても働きやすい職場」をつくること。例えば、50代のうち2〜3割は介護と仕事を両立して抱えていると言われていますし、制約条件を抱えるすべての人が働きやすくなるための処方箋として機能できれば嬉しいですね。まず、そうした無限定ともいえるほど広がる多様性に対して、最初の切り口に選んだのは、伝統的な日本企業のマイノリティーであるけれど、その中では、マジョリティーをなしている「女性」であったということですね。