「落ち込む子」が生まれるというテストの弊害

炭谷 まず、偏差値という仕様自体が、単一の軸の数字を並べるという一面的評価なので、概念的には否定されるでしょうね。これからは欧米型のAO入試がどんどん導入されて、より多面的に能力を見る受験システムに変わると思います。これまでとまったく前提が変わるので、現場の先生方は非常に困っちゃう面もあると思いますが、決まったことなのでやるしかない。私は大学の学長もやっていますので、入試を変える準備もしなくちゃいけません。

駒崎 「東大一直線!」という価値観でずっとやってきた子ども、親、先生、みんな戸惑うかもしれないですね。予備校のビジネスモデルも崩壊するかもしれない。

炭谷 一方で、探究型学習と高度な知識習得は実は両立するという側面もあるんです。探究型教育を20年以上やってきた結果を見ながら分かったことは、探究型で学習を深められる子どもは、結果として偏差値が高い大学にも入れるくらいの学力を習得することが多いんです。突き詰める経験があるから、知識を吸収するのも得意で、ペーパーテストも意外とできちゃったりする

駒崎 なるほど。僕は昔から歴史マニアで本も読みまくっていたので、高校の世界史の授業中に「先生、そこ違う。もう新説出てるから」って言って先生に嫌われる、ということを繰り返していたのですが、自分で勝手に知識を積めていたからテストは勉強しなくても満点近く取れていたんですよね。

炭谷 まさにそういうケースです。これからは駒崎さんのような生徒がより評価される時代になります。

駒崎 それは生きやすくなりそうでよかったです。しかし、重ね重ねもっと遅く生まれるべきでした(笑)。僕は勉強は好きだったけれど、学校は嫌いで先生も嫌いで、「社会なんてくそくらえ!」という気概でここまでやってきましたけれど、少なくとも自分の子どもたちには、僕が味わったフラストレーションを強いなくて済みそうだ、というのは希望です。ちなみに、ラーンネットでは成績はどう評価しているのでしょうか?

炭谷 重要な視点ですね。まず、テストは一切していません。デンマークでも小・中学校でテストをすることは法律で禁じられているんです

駒崎 そうなんですか。

炭谷 それはテストによって生じるネガティブな側面を認識しているからですね。何かというと、テストによって序列化され、「できた子・できない子」が評価されることによって「落ち込む子」が生まれるという。「ラーンネットではテストをしない」と聞いて「それでちゃんと勉強はするんですか?」と不安視される親御さんがいらっしゃるのですが、20年やってきてハッキリ言えるのは、テストをしないほうが子どもは伸びます。テストは一度スコアが悪かったという事実を生むことで、苦手意識を育ててしまうからです。「算数はできない」と思い込むと、ますますやらなくなって、もっとできなくなるという悪循環に陥るわけです。もちろん、「テストをしない」というだけでは伸びませんが、探求型学習の一環として、うちではテストなしでずっとやっています。成績表の代わりに、子ども一人ひとりを観察したうえで、何ができて何ができないのかを詳細なレポートでお渡ししています。それも、できるだけ「いいところ」をお伝えしています。

駒崎 まさに得意を伸ばす教育なんですね。

炭谷 テストがないと、苦手科目がなくなるので、皆学校が好きになるんですよ。長期休暇の間も「いつ学校始まるの?」と楽しみにしてくれる子ばかりです。子どものやる気をそぐような評価だけはしないように心がけています。

駒崎 お話を伺うほどに、我々大人が変わっていかなければいけないという思いを強めるわけですが、何から始めるといいでしょうか?

炭谷 まずは大人が探究の実践者たれ、ということだと思います。子どもはすごくよく見ていますから、大人の振る舞いを。親が指示待ちしかしていなかったら子どももそうなるし、大人が自分で考えて行動していたら、子どもも主体的に育ちます。こういうのには、実は僕の失敗談が裏にあって、スクールを始めた当初、僕ら大人が一歩引いて子どもたちに「やってみて」と任せるだけではうまくいかなかったんです。子どもがどんどん引いていくのを見て、「そうか、僕らがまず動かなければいけないんだ」と気づいて、大人が自分の意見を言ったり、率先して動くように変えたら、子どももどんどん積極的になっていったんです。すぐに変わりましたよ。以来、この方針を変えずにやってきて、今現場で活躍しているナビゲータは皆、好奇心豊かでアクティブなメンバーばかりです。周りの大人たちが好奇心であふれているから、子どもも自然とそうなっていく。

駒崎 つまり、放置プレイとは違うと。

炭谷 はい、放置プレイではまったく伸びません。

駒崎 なるほど。親自身がまず「お父さん、こういうの好きでさぁ」と言ってみる。

炭谷 「好きなんだよなぁ」「面白いよな」と、大人の好きなことや得意なことをどんどん子どもに見せのが一番手っ取り早い方法です。仕事じゃなくても、サッカーやアウトドアでも何でもいいんです。自分の好きなことを、子どもと一緒にやる。これだけで、家庭での探究型学習はできます。

駒崎 子どもと一緒に、というのがポイントですね。

炭谷 あとは、子どもがやりたがったことはなるべくやらせてあげる。「やめておきなさい」と止めずに、やりたいことを選ばせてあげるんです。