労働条件の良い大企業ほど、残業が多いジレンマ

 他方、2008年の労働基準法改正では、月60時間を超える残業を行う労働者については、残業割増率の引き上げ規定が新たに設置されました。

 実はこの「月60時間超分については50%」という割増率は、労使間の妥協案でした。

 諸外国では残業における割増賃金率は50%以上の場合が多く、仕事が増えた場合、新たに人を雇うよりも現状の社員に残業させるほうがかえって企業が損をする仕組みになっています。そのため長時間労働から免れているといえる反面、雇用需要が減れば即レイオフが表裏一体になっている。繰り返しになりますが、一方の日本では、長時間労働が不況時の雇用保障のための調整弁の役割を果たしてきたといえます。

 当時、残業割増率の25%から50%の引き上げは各企業にとっては、国際的な水準に合わせるためにはやむを得ない措置でした。他方で、裁量労働の対象者にまで50%の引き上げ率を導入すれば、深夜・休日を選んで残業すればいくらでも稼げてしまいます。

 そのため、欧米の仕組みに倣って、自分で働く時間を決められる高度に専門的業務の労働者には、「労働時間規制の適用除外(exemption)」という制度と組み合わせようとしたわけです。しかし、それが実現できなかったので、妥協の産物として「月60時間以上」という新たな基準が導入されたのでした。

 ここで注目していただきたいのが下記の表です。

出所)厚生労働省「就労条件実態調査」(2013年)
出所)厚生労働省「就労条件実態調査」(2013年)

 一般に労働条件は労使の合意の元、定められることになっています。ただし、最低労働賃金と労働時間は唯一例外で、法律によって定められる強行規定です。

 労働組合の合意がなければ、法定の残業時間の上限を超えて働けないという「特別条項付き労使協定」は、労働組合が過重な労働時間を抑制する手段として機能するはずでした。ところが注意深く表を見ていきますと、この「特別条項付き36協定」を締結している比率は大企業ほど多く、著しく長い残業時間の労働者比率も同様に高いことが分かります。

 2012年当時では、給与が高い大企業に至っては現に3割以上の人が80時間を超える残業をしていました。80時間以上は過労死レベルです。さらに1割の人が100時間を超える残業をしていたというのですから驚きです。

 本来であれば、労働者の交渉力の弱いはずの中小企業よりも、労働組合の交渉力が強く労働条件の高いはずの大企業ほど残業時間が長いのはなぜなのでしょうか。

 一つの説明は、中小企業と比べて年功賃金の度合いが大きく、同じ職種の企業間賃金格差も大きな大企業ほど途中で転職すると賃金や退職金の面で著しく不利になります。そのため長時間労働を強いられても「辞める選択肢が少ない」という面もあるかもしれません。これが労働市場の流動性の高い米国との大きな違いです。