20時ギリギリまで猛烈に働き、21時半に寝かしつける

 「皆さん、お子さんがいたり、色々な仕事の経験をしていたり、いわば人生の大先輩です。仕事するときはバリバリして、お客さんには絶大な信頼を寄せられている。でも、オンとオフのメリハリをつけ、ワークライフバランスを実現し、『私は私』という感じで充実して生きていました。彼女たちを見て『人生、自由でいいんだ』と、目が覚める思いでした。もちろん人間関係で悩んだこともありますが、本当に色々と勉強させてもらい、人間として成長できたと思います。その後の会社人生を前向きに過ごせたのは営業現場で働かせてもらったおかげだと思います」

 とはいえ、2人の子どもはまだ小さく、上の子が1年生の2~3カ月間、小学校に行きたがらない時期もあったという。「シルバー人材センターの方に助けてもらいつつ、そうは言っても自分が連れていかなくてはいけないときもあり、社内朝礼に間に合わない、途中で抜けなくてはならない、というときもあり、大変でした。ただ上司や同僚の理解もあり、なんとか乗り切れました」。

 2009年から同社では20時になると強制的にPCがシャットダウンされる仕組みが導入された。「夫がお迎えに行き、私が朝準備した夕飯を子どもに先に食べさせてもらう。私は20時ギリギリまで猛烈に働き、車を運転して20時40分に帰宅し、21時半に寝かしつける。毎日クタクタでした」

実家のある高松に転勤 支部長ポストに

 次に見えたのは、営業職員を統括する責任者である「支部長」というポスト。「せっかく総合職として採用されたのだから、営業現場の支部長をしてみたいと思っていました。ただ、子どもも小さく、現状では厳しいと感じていました」。

 その思いは会社にも伝えていた。そして、会社も西浦さんの活躍を期待し、西浦さんは実家のある高松支社の屋島東支部長として異動となった。

 実家から程近い場所に家を借りた。「同居ではないですが、夕飯も両親と一緒に食べさせてもらい、別なのはお風呂ぐらい。日曜は休みましたが、土曜日も出る必要があれば、同様に出社している営業職員さんの子どもと自分の子どもを支部で遊ばせつつ仕事することもありました」。朝7時半には出社し、ルールギリギリの20時まで「毎日思いっきり仕事しました」。

 支部長はいわば“一国一城の主”。16人の年上の女性営業職員のマネジメントがすべて自分に任された。「また『自由』を感じました(笑)。言ってみれば、成績をしっかり上げることができれば、マネジメントの方法は自由です」と西浦さんはほほ笑む。

 でも、「成績を上げるためのマネジメント」が、最も難しい部分のはず。それなりの成績を残せた、という西浦さん。どのような工夫をしたのだろう。

「成績さえちゃんとしていれば本当に自由なんです」と西浦さん
「成績さえちゃんとしていれば本当に自由なんです」と西浦さん