「介護との両立で苦労する社員が増える」という言葉が響いた

 「学んだことを仕事ですぐ実践するような、自転車操業の日々でした」と澤田さんは振り返る。基本的には定時退社できていたが、研修運営などで必要なときには、家族の協力に加え、保育園や夜間保育・ファミリーサポートを併用して乗り切ったという。

 「まず産業カウンセラーの勉強をして、不調に陥った人のケア体制を整えることから始まり、不調に陥る前の予防が大事だとの考えに至りました。そして、先行きの見通しが不透明という理由で悩む人が多いので、キャリア支援について学び、メンター制度やキャリア研修などを取り入れました。さらに、縁あって一緒に働くことになった社員みんながイキイキと働き、豊かな人生を送るためには、さらに手前の土台の部分で必要なことがある、という考えに至り、ワーク・ライフ・バランスに行き着きました」

 ただ冒頭のように、導入は難しいと感じた澤田さんは、まず介護という視点に着目した。「『いずれ、介護と仕事の両立で苦労する社員が増える』と伝えたところ、それが経営者に響きました」。それをきっかけに、ワーク・ライフ・バランスという言葉を世の中に広めていたワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さんを迎えて、2011年、当時の社長らを対象に勉強会を開いたところ「経営戦略として働き方の見直しをしよう」とトップが決断、2012年から社員の働き方を見直すプロジェクトを実施する運びとなった。

 「そうなればいいなと思ってはいましたが、短期間で一気に話が進んだのは想定外で驚きました」と澤田さん。2012年から「楽しい“働き方”チャレンジプロジェクト」(THC)がスタート。全社員を対象に小室さんが講演を行い、3つの部門で試験的にプロジェクトを開始した。

「育児」「女性」「ワーク・ライフ・バランス」の言葉は使わない

 「個人が、その日にする仕事の内容を『朝メール』としてチームの同僚や上司に送る。終業時には、その日の仕事の進捗状況を同様に『夜メール』として送って振り返ります。パソコンに向かって仕事をしていると、意外と他の人の仕事のやり方を知らないもの。毎日の朝メールと夜メールを通じて、チーム内で仕事の段取りや優先順位を見直し、チーム内定例会議『カエル会議』で共有。さらに中間報告会、最終報告会を実施して、その手法を全社で共有しました」。合わせて毎週水曜日は定時の17時半退社日と設定し、届け出がないと残業ができない「カエルデー」も実施した。

 このプロジェクトを進めるにあたって澤田さんが気を付けていたのは、「女性」や「育児」「ワーク・ライフ・バランス」という言葉をキーワードとして打ち出さないこと

 「なかなか難しいお願いでしたが、小室さんの講演でもそれらの言葉を極力使わないようお願いしました。女性や育児などに限定してしまうと、それ以外の人が自分事として捉えてくれなくなる恐れがあると思いました。また。ワーク・ライフ・バランスという言葉によって『ゆるく働く』のようなイメージで誤解される可能性もあるかなと思ったのです」

 さらにもう一つ、理由があった。このプロジェクトが始まった2012年に、澤田さんは第2子を出産して、産育休を6カ月取得した。「残業ありきの働き方がなくなればいいと自分自身でも願っていましたが、自分自身のためにやっている、と誤解されてしまうと支障が出ると思いました」