実はオレって弱いんだ……

 ジャイアン的キャラだった安永さんは小学校3年生のときにサッカーと出会い、サッカー部に入部した。始めるキッカケは、単純に“モテたい”という理由だった。

 「やっさんは、バレンタインチョコが欲しかった。つまり、女の子にモテたくて、サッカーを始めます(笑)。なぜ、そう思ったか。『キャプテン翼』というマンガに出会ったんだね。オレも翼くんみたいになればチョコが貰えるだろう、と。よし、シュートをドーンと決めて、女の子にキャーって言われたい、と(笑)。サッカーを始めて『よし、やったるぜ!』ってなったんだけど、実は1週間でサッカー部を辞めてしまいます。ナゼか。それは、練習がメチャクチャ厳しくてつらかったからです

 練習前にまずは、4㎞も走らされる。練習時間は3時間と長く、その間は一切、水を飲んではいけないというのが当たり前といった時代だ。

 「今はちゃんと水分補給するのが当たり前だけど、当時はそうじゃない。3時間も水が飲めないって、本当につらかった。口のなかがパサパサに乾いちゃって、ツバも出ないっていう状態。これはもう無理だと。サッカーやんなくても、そのうちモテるかもしれないからいいや、もう辞めますって言って、たった2週間で辞めちゃった。ジャイアンって呼ばれるくらいだから、強そうなイメージでしょ? みんなにそう思われていた。でも、自分では気づいていたんだね。『本当はオレって弱いんだ』っていうことにね

 安永少年は、苦しいことやつらいことがあると、すぐ逃げてしまっていたという。

 「例えば、ジャイアンって、何か我慢できないことがあると、ウワーってなって、『テメー! この野郎〜!!』、ボコーン! ってやっちゃうよね。要は自分のなかで我慢ができないんだよ。つらいこと、苦しいことは我慢できない。僕も同じだった。だから、辞めようと思った。サッカー部には30人くらいいたけど、辞めてしまったのはやっさんと、もう1人くらいだったかな。そのとき、『自分って弱いな』って、うっすらと感じるようになった」

 そのころの安永少年は、水泳や習字、そろばん、野球、ソフトボール、バスケットボールなどもやってみたが、どれもこれも1週間ともたなかったという。ところが小学4年生になったころ、再び、サッカー部に入部することになったという。それは、友達の「一緒にやろう!」という誘いの言葉がキッカケだった。

 「やっさんはね、サッカー部の練習は辛くて苦しいからもう嫌だと思ったけれど、ボールを蹴るのは面白いなあって思っていた。だから、家の前で1人でしょっちゅうボールを蹴っていた。それを見ていたサッカー部の友だちが言ってくれたんだよね。『ねえ、やっさん、家の前でボール蹴っているの知ってるよ。一緒にまたサッカーやろうよ。1人で蹴っていたって面白くないでしょ?』って……」

 「確かに水飲めないのは苦しいしつらいけど、トイレには行っていいんだよ。トイレで手をいっぱい洗って、その手をなめるだけならバレないからって(笑)。ジャイアンだったやっさんからすると、声をかけてくれた友達はのび太みたいな感じ。のび太ができるんだったら、オレでもできるかもしれないと思って、またサッカー部に入りました!」

 のび太くんのひと言で、ジャイアンだった安永少年は変わった。

 「以前は、走っているときに苦しいのは自分一人だと思っていました。でも、再びサッカーを始めて走っているときに、ふと周りを見渡すと、みんなも必死な顔をして走っている。そして、一緒にトイレに行って、手を洗ってベチャベチャになった手をペロってなめる。みんなで何とかバレないように一緒にやっているのが楽しくてね! 友達に声をかけてもらって支えてもらって、弱いジャイアンでも続けることができて、みんなと一緒に頑張れるようになっていったんだよね」

 

何度も失敗しないとうまくなれない

 再入部した安永少年は、5年生になっても、6年生になってもサッカー部を続けていた。

 「5年生のころには、自信を持って『サッカーが好き!』と言えるようになった。そして、6年生のころにはサッカーが『大好き!』と言えるようになっていった。そこまで言えるようになったキッカケは何でしょうか? さっき、体育館で言ったよね? 何と仲良くなろうぜって言ったかな?」

 男の子が大きな声で「失敗!」と答えると、安永さんは言った。

 「そう! 失敗だよね。失敗してうれしい人いる? 嫌だよな? やっさんは子どものころ、あまり勉強してなかったから、算数の問題とかよく間違えて、みんなに『ちがいまーす!』って言われたりして嫌だった(笑)。やっぱり、失敗っていうのは誰でも嫌だよね。ただ、失敗しないと感じることができないこと、経験できないことがある。やっさんにとって、サッカーの失敗のなかには、ものすごく前向きに捉えることができる瞬間が、たくさんあったわけです」

 それは安永少年が小学5年生だった夏のこと。サッカー部の練習で最後にシュート練習をする。転がってきたボールをゴールに向かってシュートするというものだ。ゴールの枠内にシュートが決まればいいが、枠を外してしまうと200mトラックを全力ダッシュしなければならない。1人20本のシュートを打つことが課せられていたという。

 「もう、2時間以上練習してめちゃめちゃ苦しいのに、シュート外したら、さらに走らないといけない。全部外したら4㎞も走らないといけないからね! だから、いかに走らないですむか、ということばかり考える。転がってきたボールを外さないように軽くポンって蹴って確実に枠内に入るようにするわけ(笑)」

 そんな安永少年の考えを改めさせる出来事があった。