ドイツ文学者で早稲田大学名誉教授の子安美知子さんが昨年、83歳で亡くなりました。一人娘のフミさん(54)はドイツ・ミュンヘンでシュタイナー学校に通い、その体験を美知子さんがつづった『ミュンヘンの小学生』はベストセラーに。ワーキングマザーとしてしなやかに生きた美知子さんの人生を紹介した前編に続き、後編では、『ミュンヘンの小学生』以降にどんな人生を送ってきたのか、フミさんの物語をお届けします。

(上) シュタイナー教育の普及に奔走 2歳児預け留学も

宇宙的で1から10を知るような教育でした

 教科書や評価はない、芸術にひたる…。前編ではユニークなシュタイナー教育について説明しました。小学校1~2年と、日本の中学・高校にあたる7~12年の計8年間、ミュンヘンのシュタイナー学校に通ったフミさんにとって、シュタイナー教育とはどんなものだったのでしょうか。

 「一言で形容すると、グローバル、ユニバーサル。細かい点にこだわるのではなく、宇宙的なんです。1から10を知る。シュタイナー教育を受けて、人を差別したり細かくカテゴライズしたりするのではなく、『みんな人間。同じ生き物』と捉える訓練をされたように思います。私はよく、変わっている、宇宙人みたいと言われますが気にしません。それは人の評価だから。アイヌやアボリジニのような土着の人は宇宙的に生きているので、シュタイナーを知らなくても話が合いますね」

 幼い頃からバイオリンを習っていたフミさんは、15歳のときにポップミュージックに目覚めてベースを始めました。ドイツでも日本に帰ってからもバンドで活躍し、今もベースの指導をしています。「ジャンルにこだわらずにロックの世界に入れたのは、シュタイナー学校で絵や音楽に触れて感性を磨いていたからでしょう」

54歳の今も現役ミュージシャンでベースを指導している子安フミさん。フミさん提供写真

名門大受かるも母に反発、ドイツに逃げ帰る

 フミさんがドイツでシュタイナー学校に通っていた14歳のとき、両親は一足先に日本へ帰り、フミさんはホストファミリーに預けられました。「ドイツの大学に入るための試験を受けて合格しましたが、84年の夏は悪夢でした。両親からのお祝いでスペイン・イビサ島に旅行に行き、楽しくてミュンヘンに戻るのが遅れたら、フミが行方不明だと大騒ぎに。帰宅すると、母が日本から来てかんかんに怒っている。日本に戻って帰国子女枠で大学を受験するよう言われました。名門大に受かったけれど、私にとっては監獄みたいな日本の大学なんて耐えられません。結局、両親がいないときにドイツに逃げ帰ったんです」

 ドイツでベーシストの仕事が途切れなくあり、著名なミュージシャンとも組んでいたフミさんは大学を中退。「稼げたし、大学かバンドのツアーか、選んだ結果です。ただ、いざというときに仕事になるよう、英語とドイツ語講師の検定試験は受けていました

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