3歳過ぎて「仕事スイッチ」が本格オンに

 産後も、ラブジャンクスや芸能の仕事を続けてきた牧野さん。子育てはどのようにしてきたのでしょうか。

 「娘が生まれて1カ月半ぐらいのとき、仕事に戻りました。AKB48のコンサート曲の振り付けを頼まれ、現場に行って自分で踊って見せました。ラブジャンクスやタレントのレッスンは木・金・土・日にあります。それ以外に振り付けの仕事を受けるときは、ダンスの仕事をしているパパと、母のスケジュールを確認。預けられる範囲で、なるべく昼間や近場の仕事を受けました」

 2歳になると、言葉が増えてたくさんしゃべるようになりました。赤ちゃんのころは、「おなかすいたのかな」「のどがかわいたの?」と牧野さんが考えなければなりませんでした。「言葉でコミュニケーションが取れるようになると、楽ですね」

 芸能の仕事でミュージックビデオ撮影や、ダンスコンテストの審査員などがあり、1泊の出張をしてみました。ママがいなくても平気で、牧野さんのほうが寂しかったぐらい。それまでは、「ママじゃないといやだー」と泣いてずっと一緒に寝ていたそうです。

 牧野さんの「仕事スイッチ」が本格的に入ったのは、3歳を過ぎてから。「急に手がかからなくなりました。泊まりや夜遅くまでの仕事もするようになり、おばあちゃんやパパがいれば大丈夫と分かりました。 こういう成長を見て、また仕事に打ち込もうとスイッチが入りましたね」。6歳になった今年の夏休みも、パパが沖縄の実家に連れていき、1週間ぐらい過ごしました。おばあちゃんや親戚の子どもたちもいるので、むしろ楽しそうです。

 「娘がラブジャンクスのレッスンに行くと、みんながかわいがってくれます。毎年、クリスマスに家族向けの発表会があり、メンバーの家族が出演できるので娘ははりきって練習。『ラブジャンクスのインストラクターになりたい』と言われたときはうれしかったですよ」

「ダウン症があっても才能が正当に評価され、健常者と同じスタートラインに立てる世の中になること」が望み