死なせないで大人まで育てるってすごい

 感動の出産でしたが、「 産後がこんなにきついなんて、誰も教えてくれなかった」と痛感した牧野さん。一晩中の授乳。長女が泣きやまず、抱っこしてやっと寝て布団に置くと、起きてしまう。どうしてか分からなくて、イライラしました。一緒に住んでいる母が食事を作り、相談に乗ってくれたので乗り切れました。

 「産後2カ月ぐらいのとき、初めて娘と離れて2時間ぐらい出かけたら、おっぱいがものすごく痛くなって、熱が出ました。4カ月ぐらいのとき授乳をやめて粉ミルクにすると、娘の体重が増えて。寝る前にミルクを飲むと朝までぐっすり寝てくれたので、私も眠れて体力がつきました」

 無事に生まれてきてくれるか。おっぱいを飲んでくれるか。命懸けで赤ちゃんを産み、あちこち痛くて疲れているのに、休みのないお世話。「とにかく、子育てはすべてが初めての経験。ちょっと目を離すと娘が危ないことをしている。6カ月のときは、ソファから落ちて、ぶつけて血だらけになり、夜間救急へ。パニックになってしまい、母にしっかりしなさいと叱られました。大げさでなく、死なせないで大人まで育てるってすごいと実感しましたね」

 保育園に行くようになると集団生活で色々な病気がうつり、初めの1カ月は、ほとんど登園できませんでした。しょっちゅう熱を出すし、いつも鼻水が出ている。1歳半のとき、高熱が続いて、不安な毎日を過ごしました。後で小さい子がかかる一般的な病気だと分かったのですが、インターネットで検索しても心配の材料しか出てこない。ぐったりして、つらそうな様子を見て、牧野さんは代わってあげたいと思いました。

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お母さんは子どもを守る戦士

 「こういう大変さは、私も経験するまで知らなかった。みんな、こうやって育てられてきたのですね。ラブジャンクスのお母さん、お父さんは、もっと大変さを感じることが多かったんだと分かりました」。メンバーは小さいころから心臓の手術をしている人が多く、大人になって手術が必要な場合もあるそうです。

 「わが子が生まれて、ケアが必要で、病院でたくさんの管につながれた様子を見て、お母さんたちは自分を責めたでしょう。ダウン症を理解されず、偏見を持たれる。可能性を試す場が、限られる。お母さんたちは穏やかで、普段はハッピーな人だけど、わが子のことでいざとなったら、戦士になる。そうしないと子どもたちを守れないし、彼らの人生を切り開けません

 ラブジャンクスを始めた当初、牧野さんは保護者の付き添いなしでメンバーを連れ、泊まりがけのイベント参加を決行していました。心配する保護者に「過保護じゃないか」「自立を阻んでいる」との思いもありましたが、自身も親になってその背景を理解できました。