起業するまでの経緯や仕事と家庭の両立についてなど、多くの壁を乗り越えてきたママ社長やママ起業家をご紹介する「私が壁を乗り越えたとき」。第17回は、小学6年生の女の子と3年生の男の子を育てる2児のママで、子育て中の看護師集団が見守る子育てベーカリーカフェ「ごろねのくに」を立ち上げた、一般社団法人うちナース理事長の錢谷聖子(ぜにたに・さとこ)さん(37)をご紹介。

 長時間労働で出張三昧の日々を過ごしていた「元・激務ママ」が、離婚、再婚、転職などを経て事業を立ち上げ、軌道に乗せていったストーリーをご紹介した「上編」に続き、「下編」では、錢谷さんが起業後、どんな変遷を経て事業を軌道に乗せていったのかを紹介。子どもの教育に関する錢谷さんの考え方などについてもお伝えします。

「病気の子どもはお母さんが迎えに行くべき」という「常識」が壁に

 子育てなどの理由で仕事を辞めている看護師が働きやすい職場を作ろうと、「“うち(家)にいるナースが社会のために力を使える場を作る」というコンセプトを打ち出し、一般社団法人「うちナース」を立ち上げた錢谷聖子(ぜにたに・さとこ)さん。当初のプランは、「看護師資格のある人を組織化し、子どもの発熱時などで保育園などから急に呼び出されたときに、代わりに子どもを迎えに行く」というものでしたが、そうした送迎事業のビジネスモデルは、最初から大きな壁に打ち当たりました。

 「一番の壁は、具合の悪い子どもを赤の他人が代わりにお迎えに行くことをよしとしない『社会常識』がまかり通っていたこと。行政の窓口に必要性を訴えたり、ビジネスプランコンテストなどでも提案したのですが、『そういうケースではお母さんが迎えに行けばいいでしょう?』といった声も聞かれ、母親が仕事を途中で切り上げることが、あたかも当然のことのように思われている現状に愕然としました

 送迎事業の立ち上げが遅々として軌道に乗らないなか、錢谷さんは発想を転換。「とりあえず、できることから始めよう」と動き出しました。

クラウドファンディングで事業資金を調達

 「病児の送迎事業は、いつ依頼が来るのか分かりません。そこで、待機している間に看護師が育児相談に対応すれば一石二鳥なのでは?と考え、『子育てほっとLINE』という相談事業を思いつき、送迎事業に先行してスタートさせることにしました」

 クラウドファンディングを利用して約130万円の事業資金を調達し、2015年10月、一般社団法人うちナースを創設。知り合いの看護師に声をかけたり、求人広告を出したりして、最初は5人体制で、子育てをしているパパママが看護師にLINEで悩みを相談できる無料サービス『子育てほっとLINE』をスタートさせました。

うちナースの看護師スタッフと利用者とのLINE相談中の画像。利用者の許可を得て掲載。錢谷さん提供画像
うちナースの看護師スタッフと利用者とのLINE相談中の画像。利用者の許可を得て掲載。錢谷さん提供画像

 「あくまで送迎事業の付帯サービスのつもりだったので、LINE相談は無料にこだわり、クラウドファンディングで集めた130万円と自分の貯金で運営をしていましたが、送迎事業のメドがつかないままでは、いずれ資金が底を突いてしまう。何とか看護師さんが働く場所を確保しながら、収益が得られる形にしなければと考えました」

 さらに、LINEの相談事業をしているうちに、「LINE上ではなく、相談者と看護師が実際に会って話せる場を作りたい」と思うようになりました。

 「LINEの場合、相談者の顔が見えません。話せば10分で済むことが、LINEだと短いやり取りをするのに何日もかかることもあります。また、『そんなこと、気にしなくても全然大丈夫よ!』などとひとこと言えば済む話が、LINEではうまく伝わらなかったりすることが多いと気付いたのです」

 そんなとき、現在住んでいる墨田区の自宅から徒歩数分の場所に、ちょうど空き物件が出ました。「そこはもともとカフェだった物件でした。そこから発想を得て、『この物件を借りてカフェ事業をやろう』、と思いつきました」。

 カフェという形態を選んだのは、「相談所という門構えにするとハードルが上がってしまい、相談者が気安く訪れることができなくなるし、行政の相談窓口とも差別化しにくい。見た目は普通のカフェのようにして、看護師さんを相談係兼カフェスタッフとして配置すればうまくいくのでは」と考えたからです。