「お国のために働け!」と連れていかれた先は…

―― そのあたりの事情は追ってお聞きしたいと思います。まずは、警察官を志望した理由から教えてもらえますか。

草薙 私は神奈川県内の音大を出ており、大学ではコントラバスを専攻していました。しかし、音大には全国から優秀な演奏者が集まるので、その中でやっていると自分が通用する世界なのかどうかというのは嫌でも分かってしまうんです。私よりもずっと上手な先輩たちでも、プロのオーケストラなどで食べていける人はごくわずか。私がプレイヤーとしてやっていけないのは明らかでした。

 それでも、楽器販売とか、何かしら音楽に関わる仕事に就けないかと色々受けたのですが全部ダメで。やむをえず音楽に関係のない一般企業も受けたのですが、これも全滅でした。そんなとき、たまたま自分がいた音大の非常勤職員の枠が空いたので、なんとかそこに滑り込むことができました。立場はオーケストラ研究室の助手。指揮者や大学の講師のスケジュールを管理したり、楽譜を手配したりといった、アシスタントのような仕事です。

 そこで1年くらい勤めたのですが、正規職員になれる見込みはなく、いつまで雇ってもらえるかも分からない、不安定な状況でした。これからどうしようかな、と思っていたら、学生時代から通っていた居酒屋の大将から「お前、いつまでフラフラしてるんだ。お国のために働け!」と一喝されたんです。大将はほかの常連客に「ちょっとお店見てて」と頼むと、私をどこかに引っ張っていきました。

 どこに行く気だろうと思ったら、近所の交番でした。そこで「警察官になるためにはどうすればいいのか」と聞くつもりだったらしいのですが、警察官はちょうど不在で。そのときはそれで終わったんですが、「後で、自分でもう一度行けよ」って言われて、翌日一人で交番に行きました。

―― なかなか強引な大将ですね…。そしてまた、草薙さんも素直に従ったんですね。

草薙 私は、人に背中を押されてやっと行動する、というパターンが多いかもしれません(苦笑)。それに、私はおばあちゃん子だったんですが、おばあちゃんもよく「お国のために働け」みたいなことを言っていたんですよね。それもあって、あまり抵抗なく受けてみようかなとなったんだと思います。どっちにしろ、どこかに就職しないといけなかったですし。

 それからも大将が「採用案内はもらったか」「ちゃんと申し込みはしたか」「受験日はいつだ」って店に行くたびに釘をさされました。「出しました」「受けました」とやっているうちに、なぜか受かっちゃったという感じですね。警察官の採用試験は筆記と面接があるのですが、もちろん参考書などを買って勉強はしましたが、他の人たちに比べれば勉強量は全然足りなかったと思います。なぜ私が受かったのか、今でも不思議ですね。

―― 警察官になりたいと思ったことはあったんですか?

草薙 考えたこともなかったですね。子どものころ、「将来なりたい職業」みたいな作文で「刑事」と書いたような記憶はありますが、本気でそう思っていたわけでもなかったですし。どんな仕事なのかということも、それこそ刑事ドラマくらいのイメージしかなかったです。

―― 実際、入ってみてどうでした? 音大や音楽業界とはかなり違う世界だと思いますが。

草薙 全然違いますね。採用試験をパスしたら警察学校に入るのですが、そこはやっぱり体育会系で、運動や訓練もすごく厳しい。私は学生時代ずっと吹奏楽をやっていて、運動部に所属したことはなかったので、かなりきつかったです。走れないし、剣道は痛いし(苦笑)。入りたての頃は泣いてばっかりで、正直辞めたくて仕方なかったですね。

―― 警察にも行事やイベントで演奏をする「警察音楽隊」がありますよね。そっちに進もうとは思わなかったんですか?

草薙 神奈川県警の音楽隊には、私が専攻していたコントラバスがないんです。自衛隊の音楽隊にはあるんですけどね。なので、その道は最初から諦めていました。音楽はきっぱり捨てて、自分にはもうこの仕事しかないんだ、と歯をくいしばって、なんとか警察学校を卒業しました。