妻が選手、夫がセコンドで挑んだ出産という試合

 心の陣痛が始まったのは、僕に仕事が入っている日でした。途中で「今日生まれるかも」と電話があり、仕事終わりにスーツのままクリニックに向かいました。着いたのは夕方6時ごろでした。

 心は入院したものの、なかなか赤ちゃんが下りてこなかったらしく、クリニックの中を歩いたりしていたようです。それでも、僕がクリニックに着いて1時間くらいすると、分娩室に移動することになりました。

 僕も一緒に分娩室に入り、心につきっきりで声をかけたり、水を出したり、あおいだりしました。まるで選手とセコンドみたいでしたね(笑)。

 腰のマッサージもしました。マッサージをしていると、だんだん骨盤が開いてくるのが分かるんですよ。「骨盤が開いてきたぞ!」と言ったら、心は「そんなことまで分かるの?」とビックリしてましたけど。

 最後のほうは、先生に「分娩台に乗ってください」と言われて、そうしました。心の後ろ側から体を押さえて、「吸って」「吐いて」と指示を出しながら、一緒に呼吸しました。僕は特にお産のための呼吸法を習ったわけではないのですが、呼吸の基本は同じ。トレーニングのための呼吸法がお産でも役立ちました。

 そうして、もうすぐ深夜0時を迎えるというころ、ようやく娘が生まれました。心は感動していた様子でしたが、実はその時点では僕は何とも思っていませんでした。娘をかわいいと思うようになったのは、言葉を話すようになったり、一緒に遊んだりするようになってからです。

 そのときは、今初めて会った娘より、心のほうが気にかかり、「よく産んだな。お疲れさん!」と声をかけるほうが先でした。僕自身も「やりきった!」という気持ちでいっぱいで、疲れがどっと押し寄せてきました。

 お産が終わって改めて感じたのは、心の強さです。お産のときって、分娩室に移動しても、最初は助産師さんや看護師さんだけで、いよいよ生まれるというタイミングにならないとお医者さんは来ないんですよね。それで、分娩室に先生が入ってきたのを見て、「あっ、先生が来たから、もうそろそろ生まれるんじゃない?」なんて言うんですよ。

 陣痛の痛みも最高潮のはずですし、普通はそんなに話したりできないぐらいじゃないかと思うんですけど、生まれる20分前に笑って話しているんです。自分の妻ながら「すげぇな」と思いました。

 「自然分娩にしたい」と言ったのも心です。僕だったら、痛いのは絶対イヤですよ(笑)。僕は現役時代に鼻の骨を折って手術しているんですけど、そのときも部分麻酔じゃなくて全身麻酔でやってもらったくらいです(笑)。

 試合は何カ月もかけてトレーニングをして、絶対勝つと思って臨んでいるので、試合中は殴られても、蹴られても痛みはあまり感じないんですが、終わったらすごく痛い。だから、それ以外では痛い思いをしたくないんです。そう考えると、もしかしたら、心にとってお産は試合みたいなものだったのかもしれないですね。

 僕が真剣に不妊治療に取り組んだのは1年くらいで、心に比べればほんの少しの間です。でも、この短い間に、僕はまた改めて心という人間を知ったような気がします。その決して諦めない心やブレない覚悟が、子どもを授けてくれたんだと思っています。

(構成/荒木晶子 撮影/川田雅宏 企画/後藤美葉)

魔裟斗
格闘家、俳優、タレント、スポーツキャスター。
1979年生まれ。日本人初のK-1世界王者として知られ、2009年引退後は多方面で活躍中。
K-1 WORLD MAX 2003 2008 世界王者。
生涯戦績は63戦55勝(25KO)6敗2分。