妻のつわりの時期は“兼業主夫”だった

 そこから、僕と心は二人三脚で不妊治療に取り組むようになりました。といっても、薬を飲んだり、採卵したりと、心身の負担が大きいのは心のほうで、僕にできることは限られていましたが、それまでとは違い、「2人で一緒に同じ目標に向かっていくんだ」という思いを共有していました。

 不妊治療では、女性の体の周期に沿って治療が進められます。心は流産後、一周期体を休めただけで、またすぐに体外受精にチャレンジしました。院長先生の「なんとかしてあげるから」という言葉通り、今度も受精卵は着床し、心は転院後2回目の妊娠をしました。

 妊娠が分かったときは、心も僕ももちろんうれしかった。けれど、前のクリニックでの枯死卵や、ついこの前の流産のことがあったので、心は手放しでは喜べないようでしたし、僕も安心はしていませんでした。生まれてくるまでは何があるか分からないし、何が起こってもおかしくない。そのことを2人ともイヤというほど分かっていたからです。

 やがてつわりが始まりました。前の流産のときもそうでしたが、心はつわりが重いタイプのようでした。心の実家からは「とにかく寝ているように」と言われていて、僕も「寝てたほうがいいよ」と言って、つわりがひどかった2カ月間は家事一切を僕が担当しました。床にモップをかけて、洗濯機を回して、終わったら洗濯物を干して、畳んで。つわりのひどい心でも食べられるような料理を作って、犬のウンチ用の袋やスコップを持って散歩に行って……。

 心にはずっとベッドで休んでもらい、食事もそこで取らせました。おなかにいる子どもを守ってやれるのは心しかいない。だから、心が子どものことだけに集中できるように、その他のことは僕がやろう。心を大事にすることが、おなかの子どもを大事にすることにつながっている。そう思いました。

 ところが、これが思ったよりもずっと大変で、僕は2カ月で3キロ痩せました。現役時代に減量を経験していたのですが、「心労で痩せるというのはまた違うものだな」と実感しましたね。慣れない家事をやりながら、仕事に行き、自分のこともやらなくちゃいけなくて、もうフラフラでした。

 このときは現役を退いていて、サラリーマンのように毎日決まった時間に仕事へ出かけるわけではなかったので、なんとかできたんだと思います。僕が現役の選手だったら、絶対に無理だったでしょう。

 やがてつわりも終わって安定期に入り、心もベッドから起き上がれるようになりました。僕の“主夫生活”も終わりを告げましたが、無事に子どもの顔を見るまでは、僕と心が気を緩めることはありませんでした。二人三脚は妊娠中もずっと続いていきました。