5歳と4歳の子どもたちを育てながら、デジタルマーケティング会社で室長として働く多香実。仕事も子育ても満喫している今どきのワーママのようだが、実際は子育てをほぼ一人でやらなければならない“ワンオペ状態”だ。

ある平日の夜、多香実が寝入った直後の布団に夫の秀介が入ってきた。夫婦生活を気まぐれに求めてくる夫の手を払いのけ、「やめて!」と拒絶してしまう。「せっかくその気になってやったのに」と暴言を吐く夫に、怒りと情けなさで涙がにじむ。多香実は冷蔵庫にあった日本酒をコップで飲み干した。
『さしすせその女たち』  今回の主な登場人物
 ◆米澤多香実(よねざわ たかみ) 39歳/ デジタルマーケティング会社「サンクルーリ」ソーシャルマーケティング部クライアントオペレーション室 室長
 ◆米澤秀介(よねざわ しゅうすけ) 40歳/食品メーカー営業職 課長
 ◆米澤杏莉(よねざわ あんり) 5歳/みゆき保育園年中クラス
 ◆米澤颯太(よねざわ そうた) 4歳/みゆき保育園年少クラス

 ◆峰岸ゆりか(みねぎし ゆりか) 29歳/「サンクルーリ」正社員。ソーシャルマーケティング部 クライアントオペレーション室。妊娠6カ月。

 週明け、ゆりかから連絡があった。話したいことがあるという。近くまで来ているというので、多香実は少しの間席を外して、待っているというカフェに向かった。ゆりかはホットミルクを飲んでいた。

「身体の調子はどう? 大丈夫なの、外に出たりして」

 退院したという連絡はもらっていた。

「はい、大丈夫です。いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「ううん、体調のことは仕方ないわよ。誰だってそうだもの」

 ゆりかは、来月から産休に入る。

「米澤室長、あの……」

 ゆりかが座り直して、多香実を見る。多香実もゆりかを見据えた。

「わたし、退職しようと思っています」

 やはりそうか、と思い、気付かれないよう息を細く吐いた。

「どうして? もったいないわ」

「これ以上、皆さんに迷惑はかけられません」

「だからそれは仕方ないことよ」

 ゆりかは、ありがとうございますと言って、話しはじめた。

「わたし、これまでずっと体力だけには自信があったので、妊娠中にこんなに体調が悪くなるなんて思ってもみなかったんです」

 多香実はしずかに耳を傾けた。

「自分で自分の身体をコントロールできない状態が悔しくて、どうにかがんばろうと思ったんですけど、今回入院しているときにいろいろ考えて、今はいちばんにお腹の子のことを考えなくちゃいけないと思いました。母親であるわたしが多少無理をしても、お腹の子どもががんばってくれたから、こうして妊娠が継続できているんだと思ったんです」

 ゆっくりと、多香実はうなずいた。

「産休までまだ少しあるんですけど、仕事を続けるのは難しいと思いました」

「体調がよくないのは、チームのみんなも承知してるよ。診断書もあるでしょ? このままお休みして、産休に入ればいいんじゃない」

 多香実の言葉に、ゆりかは小さく頭を振った。

「みんなが一生懸命働いているのに、そんな甘いことはできないです」

<次のページからの内容>
・「仕事よりも子どもを選ぶだろう」
・いつもスマホを肌身離さず持つ夫
・「ねえパパ、もしかして浮気でもしてるの?」
・「勝手に人のスマホ見たわけ?」
・嫉妬のような感情はまるでない
・「なんて単純で愚かなんだろう。」