5歳と4歳の子どもたちを育てながら、デジタルマーケティング会社で室長として働く多香実。仕事も子育ても満喫している今どきのワーママのようだが、実際は子育てをほぼ一人でやらなければならない“ワンオペ状態”だ。 休日にシングルマザーの美帆とピクニックをした際、離婚後の生活や気持ちを聞いた多香実は、離婚を現実的に考え始めていく…。そんな折、羨ましいほど夫婦仲がよいママ友の千恵からプレゼントが。実は千恵こそ、「魔法の言葉、さしすせそ」を教えてくれた“プロ妻”だ。
『さしすせその女たち』  今回の主な登場人物
 ◆米澤多香実(よねざわ たかみ) 39歳/ デジタルマーケティング会社「サンクルーリ」ソーシャルマーケティング部クライアントオペレーション室 室長
 ◆米澤秀介(よねざわ しゅうすけ) 40歳/食品メーカー営業職 課長
 ◆米澤杏莉(よねざわ あんり) 5歳/みゆき保育園年中クラス
 ◆米澤颯太(よねざわ そうた) 4歳/みゆき保育園年少クラス

 ◆秋山千恵(あきやま ちえ) 39歳/多肉植物の栽培、販売店パート勤務
 ◆秋山茂樹(あきやま しげき) 47歳/銀行員
 ◆秋山 希(あきやま のぞみ) 12歳/私立女子中学に合格

 秀介の帰宅は相変わらず遅かった。家のことはほとんどすべて多香実が担っている。風呂掃除に関しても、もういちいち言うのがストレスなので、結局多香実が洗ってしまっている。秀介がやっているのは、朝の保育園への送りだけだ。

―遅くなるから飯いらない。

 というラインが秀介から届き、そもそもパパの分は用意してないわよ、と心のなかでつぶやきながら、杏莉と颯太と夕飯を食べていると、宅配便が届いた。

 差出人の名前を見ると、千恵だった。開けてみると、多肉植物のかわいらしいセットが入っている。千恵の職場で育てて、販売しているものだ。

 さっそくお礼の電話を入れた。

「杏莉ちゃんと颯太くんの進級のお祝いにね」

「すっごくかわいいわ。杏莉と颯太も喜んでるよー。なんていうの、これ?」

「レモータとレインドロップ、ブロンズ姫とスマロ、セダム、ハオルチア、だっけなあ」

「……うっ、まったくわからないけど、ありがとう。大事に育てるね」

「うん」

「そうそう、例のさしすせそ。ママ友に教えたら感心してたよ」

「そうでしょう。ぜひ使ってね」

 天真爛漫な千恵に、美帆のさしすせそ、は言えないなあと多香実は思った。もちろん自分のさしすせそ、も言う必要はないだろう。

「多香ちゃん、また遊びに来てね。希が、杏莉ちゃんと颯太くんに会いたがってるよ」

「どうもありがとう。また寄らせてもらうね。希ちゃんにもよろしく伝えてね」

 じゃあ、またね、と言い合って、電話を切った。

 このとき多香実は唐突に、千恵は結婚に成功したんだと思った。それは羨望ではなく、千恵という人間は、自分とはまったく違うのだという気付きだった。

 夫である、秀介と茂樹の性質はもちろんだが、自分たち妻の感情の置き所もそうだ。自分の夫がたとえば茂樹だったとしても、さしすせそ、は簡単に使えないだろうと思った。反対に千恵の夫が秀介だったとしたら、千恵は上手にさしすせそを使い、思い煩うことなく生活を送れるのかもしれないと。

<次のページからの内容>
・秀介に覆いかぶされ、頭が真っ白に
・「やめてって言ってるでしょっ!」
・「せっかくその気になってやったのに」
・断られて以来、多香実は考えを変えた
・触れたい衝動など、まるでない