可愛いわが子と出会えたのもあいつのおかげ

 もしもあのとき、ワンオペ育児を強いられたり、夫婦の会話がなかったりしたら、心の底からお化けが迷い出てきて、離婚していたかも。今回のアンケートでも「幸せ」と答えた人はパートナーとの会話や役割分担の平等を心がけているようですから、それがいかに夫婦関係を良好に保つために必要かが分かりますね。幸せな人の6割が「夫婦の危機はあった」と回答しているのですから、一度はお化けが出たのです。でも日々のコミュニケーションと合意形成によって井戸への封じ込めに成功したと見ることができるでしょう。

 そして大多数の読者が「親として幸せ」だと回答している事実も見逃せません。

 子はかすがいといいますが、夫婦が共有できる唯一の「形になった幸福」です。かすがいよりは鋳型に近い。相手に対する愛情が揺らいだときに、わが子の寝顔なんか見ると、こんなに可愛いわが子と出会えたのもあいつのおかげなのだから、これでいいんだよな、そうだよなきっと!的な正常性バイアスが生じ、心の揺らぎが修正されます。

 とはいえ安定した人間関係を維持するには、真心だけでは足りません。共通の利害や打算なども必要です。例えば収入だってそう。ああ、身も蓋もない話をしようとしているなとお思いですね。はい、怪談ですからぞうっとしてください。

お札の効果でお化けの出番はなし

 結婚5年目にして井戸にお化けを飼ってしまった私は、日常を取り戻すためにこう考えるようになりました。こんなひねくれ者の私と結婚してくれて、子どもを一緒に育ててくれて、好きだと言ってくれて、ああ夫はなんてありがたい、仏様のような人なのだろう。そうだ私は、彼に救われたのだ。彼は教祖様、私は迷える魂。恩寵あってのわが身だわ。

 でも、鎮座ましましているだけの仏様だったらそう思えたかどうか。ほんとは重々分かっていました。私の給料がシッター代で右から左へ消えても生活できるのは、彼が働いているから。家のローンだって一人じゃ払えない。子どもが生まれた記念や誕生日に高価なギフトもリクエストしました。子連れでものんびりできる山梨のリゾートやら英語のプリスクールやら、ぜいたくもしました。そのたびに「ああ、彼の収入があってよかった!共働きって素晴らしい!」と幸せを噛み締めていたのです。

 夫婦げんかをすると、時々井戸の蓋がすうっと動いて、青白い骨の指が闇の中から伸びてくることもありました。でもそんなときには「悪霊退散!」とばかりに諭吉翁をお札代わりに貼り付けて、退治していたんです。お札の効果はてきめんで、過去の恨みなんか、生活の安定に比べたらかすり傷でもないと思えました。お化けの出番はありませんでした。夫が仕事を辞めるまでは。

 私が会社を辞めた3年後に「人生を違う角度から見つめてみたい」と夫が退職。青天のへきれきでしたが、こちらも会社を辞めた身ですから一度は「応援するわ」と受け入れました。ところがどうでしょう。世帯収入が大幅に減少し、仕事と育児の両立のしんどさもシェアできなくなると、ズズ、ズズズと陰気な音がして、古井戸の蓋が開いたではありませんか。そこから身をよじらせて出てきたのは、あの日封印した幽霊。ヒュウウウウウウ、ドロドロドロドロ…うーらーめーしーやーあああ、なんで私だけしんどい思いをしなくちゃいけないのおおお、なんであなただけ降りたのおおおお、どうして過去にあんなひどいことをした男を、私が養わなくてはならないのおおおおお、この恨み、晴らさでおくべきやああ!