空気が読めない、口数が多い、落ち着きがない、すぐに気が散る、何かに集中すると中断することができない…わが子にこんな特徴があって、心配している人は多いだろう。このところ私の周囲で幼児を育てている人は皆、判で押したようにこういう。「うちの子、保育園で行動が自由すぎるみたいなんです。もしかしたら…」「先生に、マイペースすぎるって言われてしまって。もしかしたら…」

 もしかしたら、の後は「発達障害じゃないかと思うんです」と決まっている。他人の子どもの話でも同じ。「すごく落ち着きのない子がいてね、きっと…」「困った子がいるの。たぶん…」発達障害だと思うんだよね、というときは不吉な話でもするような表情になる。

 自分のことを言う人もいる。「俺さ、協調性とか全然ないし、思ったことガンガン言っちゃうんだよね。たぶん発達障害だと思う!いや、マジで。あの項目、全部当てはまるもん」それで気軽にこう言うのだ。「テレビに出てるあの人も、きっとそうだよ。おんなじ匂いがするんだよねー」。なぜか特権意識すら感じさせる言いぶりである。どうやら彼の言う発達障害とは「凡人とは違う才能がある・自由闊達でユニーク」という意味らしい。

自分を責め続け、二次障害も引き起こした

 そんな人々の言葉を聞きながら、私は毎度複雑な気持ちになる。うーん、そんな不吉なものみたいに言わなくても。ああ、また自己診断かあ。発達障害には色々な種類があるんだけどなあ。ちょっと他人と違うと「発達障害だね!」って安易に言う人、このごろ多いよなあ…。

 40歳を過ぎてから、私は不安障害の主治医によって軽度のADHD(注意欠如・多動性障害)であると診断された。その瞬間の気持ちは「もっと早く知りたかったよ!」だった。

 幼い頃から、ひねくれ者とか育てにくいとか癇が強いとかわがままとか、姉からは小島家の失敗作とまで言われて、ずっと自分を責めてきた。だけど根性や性格の問題ではなくて、脳の機能障害によって「普通の子」つまり定型発達の人とは違う特徴があるのだと判明したのだ。私の幼少期には発達障害という概念自体が全然知られていなかった。私が「普通の子」に対する周囲の期待に沿わない言動をするものだから、家族も困惑して、当人の心がけとか性根の問題だと思ったらしい。だから厳しいしつけで矯正できると思ったのだろう。家族や先生も大変だったと思う。しかし結果としてそれが私の生きづらさにつながって、摂食障害やら不安障害やらの要因になった。典型的な二次障害を引き起こしたというわけだ。

 友達との距離の取り方や会話がうまくいかなかったのも、唐突な行動に出てひんしゅくをかってしまいがちだったのも、時間配分が下手で期限を守るのが苦手なのも、脳みその特徴だったのだ。なーんだ、そうと知っていればもっと自分の扱い方がわかったのに。

 診断されて、ようやく肩の荷が下りた気がした。そして初めて自分の特徴を…何をしても悪目立ちしてしまうこの無様な振る舞いを、受け入れることができた。傾向を知って、対策を打つことができるようになった。いまだに失敗が絶えないけれど、このように生まれてきたのだからせいぜいうまくやっていくか、という気持ちになった。以前は、頭蓋骨を開けて脳みそをつかんで放り投げたくなることがあった。脳みそが頭の中でずっと喋っているから、うるさくて仕方がない。でもそのおかげでできることもたくさんある。今はそんな自分を客観視できるようになった。

パースは冬。落ち葉と西オーストラリア名物のブラックスワン。川の水は都市部とは思えないくらい透き通っています
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