生後5~6カ月ごろに始まる離乳食。その目的のひとつは、母乳やミルクだけでは足りない栄養素をとれるようにすることです。母乳に含まれる栄養素は出産後少しずつ減っていきます。一方、赤ちゃんの体や脳は猛スピードで成長するため、ある時期から必要な栄養素が母乳やミルクだけでは不足してしまう。それを補うのが離乳食の主な目的なのです。ところが、今、栄養素不足で病気になったり、成長がゆっくりになってしまう赤ちゃんの報告が増えていて問題になっています。この飽食の時代になぜそのようなことが起きてしまうのでしょうか。原因と解決法を、離乳食の理論と実践に詳しい栄養学博士の上田玲子さんと、日々、親子に接しているママ小児科医であり国際認定ラクテーション・コンサルタントの江田明日香さんに聞きました。

貧血の赤ちゃんが増えている? 離乳食が進まないときには注意を

 まず、取り上げるのは、赤ちゃんの鉄欠乏症です。授乳や離乳指導に長年携わってきた栄養学博士の上田玲子さんは「鉄欠乏性貧血の赤ちゃんの増加はここ数年問題になっています。厚労省がまとめる『授乳・離乳の支援ガイド』が間もなく改訂されますが、その中でも、鉄分不足の問題が強調されています」と話します。

 小児科医の江田明日香さんも「9か月から1歳前くらいの赤ちゃんに、顔色が白いなという子が多いです。食事内容を聞いてみると、あまり肉や魚を食べていない赤ちゃんが多く、検査をしてみると貧血が見つかることもあります」と診察での実感を話します。

 鉄は脳や手足の先まで体じゅうに酸素を運ぶ「赤血球」の主成分となる栄養素です。脳の中で情報を伝える神経伝達物質にも関わっており、赤ちゃんの成長には欠かすことができません。しかも体内で合成ができないので、乳汁や離乳食からとる必要があります。

 江田さんは、貧血の赤ちゃんが多い理由について次のように解説します。「妊娠40週までお母さんのおなかの中にいた赤ちゃんは、生後半年ごろまでの鉄の貯金をもって生まれてきます。半年間はその鉄で足りますが、その後もますます成長する赤ちゃんにとって、食事からの補充がないと鉄が足りなくなって、鉄欠乏や鉄欠乏性貧血になってしまうのです」

 「健康に育っている赤ちゃんは、生後6か月ごろから母乳やミルク以外のものを口に入れる準備ができます。そしてこの頃から、母乳から得られる栄養と、これから赤ちゃんが必要になる栄養に差ができ始めるので、この『差』を補うために食事を食べ始めます。WHO(世界保健機関)はこの発想のもと、赤ちゃんの食事を『補完食 Complementary Feeding』と呼んでいます」と江田さん。

 「日本では、母乳で育つ赤ちゃんが増えています。これは母子の健康にとって大変喜ばしいことです。母乳中には少量の鉄が含まれています。この鉄は、赤ちゃんのお腹にとって吸収されやすく、また使った鉄は再利用されるため、体の中で効率よく働いています。しかし、生後半年ごろからは鉄が不足し始めるため、食事から鉄をとれないと、貧血になる危険性があります。医療者も、母乳で育つ赤ちゃんが増えているからこそ、貧血予防につながる食支援を心がけています」(江田さん)

 粉ミルクで育つ赤ちゃんはどうでしょうか。「日本で販売されている粉ミルクには鉄が添加されています。だから安心とは考えず、固形食から必要な栄養素をとっていくことが、すべての赤ちゃんにとって大切なことでしょう」(江田さん)

貧血が長期にわたると、神経や身体の発達に影響が

 鉄が不足する鉄欠乏や、そこからさらに貧血になる鉄欠乏性貧血は、赤ちゃんの脳や神経系の成長に悪影響を及ぼすという研究報告があります。鉄欠乏性貧血になると、赤ちゃんの顔色が青白く、無気力になったり、集中力がなくなることもあります。鉄は中枢神経の発達に関わる栄養素であるため、2歳未満で重い欠乏性貧血が3カ月以上続くと、言葉の発達や歩行に遅れが出るなど、知能的にも運動的にも影響が出てくるという研究報告があります。

 母乳育児は、長く続ければ続けるほど、赤ちゃんとお母さんの末永い健康にとって多くのメリットがあることが分かっています。それでは、母乳育児を続けながらでも、貧血にならないためにはどんなことに注意したらよいのでしょうか。

<次のページからの内容>
・5~6か月になったら離乳食を開始、1日3回の離乳食から栄養をとろう
・鉄を上手にとるおすすめ食材と食べ方
・不足するとくる病になる恐れのあるビタミンD
・鮭やしらす干し、日光に干したきのこからビタミンDを
・卒乳後の幼児期に気を付けたいカルシウム不足
・骨ごと食べる魚や乳製品でカルシウムを摂取
・「〇か月は何グラム」に落とし穴。マニュアル通り離乳食で成長が横ばいに