男性の家事・育児参画を応援する、東京都のウェブサイト「パパズ・スタイル」。厚生労働省が「イクメンプロジェクト」を立ち上げ、家事・育児に積極的な「イクメン」が注目されてからもうすぐ10年。「パパズ・スタイル」では、環境が大きく変わる中で頑張るパパたちを応援しています。

社会は確実に家事育児に積極的な男性を応援する雰囲気へ変わってきていますが、まだ抵抗を感じている男性がいるのも実情です。その抵抗感を「男らしさ」というキーワードで解き明かすのが、作家の白岩玄さんが書いた小説『たてがみを捨てたライオンたち』。白岩さんにこの小説のことや、ご自身の経験も踏まえた男性の家事育児についてお話をうかがいました。

■家事育児より、仕事で成功したい男性の心情を描いた作品

作家の白岩玄さん。2004年に『野ブタ。をプロデュース』でデビューし、第132回芥川賞の候補に。その後も定期的に作品を発表し続け、2018年に小説『たてがみを捨てたライオンたち』を発表。現在は2歳になる子どもを持つパパでもある
作家の白岩玄さん。2004年に『野ブタ。をプロデュース』でデビューし、第132回芥川賞の候補に。その後も定期的に作品を発表し続け、2018年に小説『たてがみを捨てたライオンたち』を発表。現在は2歳になる子どもを持つパパでもある

 テレビドラマ化もされた『野ブタ。をプロデュース』などで知られる、作家の白岩玄さん。白岩さんは2018年、男性の生きづらさを描いた小説『たてがみを捨てたライオンたち』を発表し、話題となりました。

 『たてがみを捨てたライオンたち』に登場するのは3人の男性。離婚してひとりを謳歌する35歳広告マンの慎一、女性に苦手意識を持つアイドルオタクの25歳公務員の幸太郎、妊娠中の妻を支えながら仕事がうまくいかない日々を送り、専業主夫になるべきか悩む30歳出版社社員の直樹です。

 物語のなかで3人はそれぞれ「ライオンのたてがみ」=男のプライドや見栄が、自分を苦しめていることに気づき、自分自身と向き合います。中でも、共働きの直樹の葛藤には身に覚えがある人もいるかもしれません。

 直樹は妊娠中の妻・可南子と共働き。つわりに苦しむ可南子を嫌な顔一つせず支え、家事も積極的にこなします。一方で、仕事はあまりうまくいかず、社内で「二軍」とされる部署へ異動になります。可南子は出産後も仕事を頑張りたいと言っているため、これを機に自分が仕事をセーブして家事育児に注力するという選択肢もある。しかし、直樹はその選択を受け入れられず悩みます。

 現在、女性に家事育児の負担が偏っている家庭は多くあります。その負担を軽減するため、男性が仕事を減らし、家事育児を担当することはベストな選択に思えますが、直樹と可南子の問題はなかなか一筋縄では進みません。そんな直樹の心情を表したのが、劇中に登場するこんな一言。

 “「家事や育児が問題なくできたとしても、仕事が人並み以下だったら男としては二流のような気がしちゃうんです。そういうのってわかりますか?」”

 家事や育児に向き合えない男性の胸の内を素直に吐露したこのセリフ。白岩さんは次のように話します。

 「今、女性が仕事に家事育児にと大変なのは事実だと思います。ただ、男性の中には男らしさに縛られている人も多くて、なかなか仕事から離れられない。結局、『これからのパパはこうあるべき』という理想を押しつけるだけでは、夫婦の溝が深まるだけなのではないかと思うんです」

■「男はこうあるべき」から解放してくれた、妻の言葉

白岩さん自身の悩みも投影された『たてがみを捨てたライオンたち』
白岩さん自身の悩みも投影された『たてがみを捨てたライオンたち』

 直樹には、白岩さんの悩みも投影されていると言います。

 「20代の頃は特に、男性が稼がないといけないと思っていました。仕事に打ち込み、たくさん稼いで一家を支えるのが男の役目だと思っていたんです。作家という職業は固定給があるわけではないので、毎年収入が変動するのですが、多いと自信が持てるし、逆に少ないと自信をなくします。そんな風に仕事の出来や収入が自分の価値のすべてだと感じてしまう男性は多いのではないかと思い、直樹というキャラクターに反映させました」

 こうしたテーマで小説を書くのにも時間がかかったそうです。

 「僕自身が収入を気にしていたり、見栄を張ったりしてしまう自分と向き合うことが怖かったんです。20代半ばから男性の生きづらさや男らしさをテーマに書きたいと考えていましたが、10年近くかかってようやく実行できました」

 白岩さんの意識が変わったのは、32歳で結婚したこと。奥さんの影響で、「男が家族を養わないといけない」という固定観念が崩れたと話します。

 「妻は『あなたが無理に稼がなくても、私も働いて生活していけたら問題ないでしょ?』というタイプ。僕が捕らわれていた『男はこうあるべき』という価値観を気にしない人だったので、肩の荷が下りた気がしました。もちろん一切悩まなくなったわけではなくて、妻がお金のことで悩んでいたりするのを見ると、責められているように感じることも。でも、前よりも引きずらなくなりました」

■話し合いを重ねるために必要なこと

 白岩さんは現在、夫婦と2歳になるお子さんの3人暮らし。家事育児はどう分担しているのでしょうか。

 「息子が保育園に行っているあいだ、ぼくは自宅で仕事をしています。日中にできる家事はやりつつ、夕方に妻が仕事から帰ってきてからは、二人で協力してやりますね。僕は掃除が得意なので、基本的に掃除は僕の担当。その代わりに、妻は料理をしてくれています。洗濯はお互い好きでも嫌いでもないので、時間があるほうがやっていますね」

 お互いが得意なことをこなしつつ、不公平感がないように分担しているという白岩さん。しかし夫婦ともに忙しいときなどは、押し付け合いになることもあると話します。

 「揉めることも少なくないですよ(笑)。自分の方が多くやってるんじゃないかと、ストレスが溜まることもありますし。ただ、その都度口に出すようにしていますね。一緒に生活していてわかりあっていると思っても、わからない部分が多いのが人間。お互いの思い違いを見直すためにも、話し合いを重ねていくことは必須だと感じます」

 一方で、白岩さんの周囲には家事育児に抵抗感がある男性は依然として多く、「話し合いができない夫婦もいる」と指摘します。東京都が行った「男性の家事・育児等参画状況実態調査」でも、家事育児分担については「特に決めたわけではないがなんとなく」そうなっていると答えた家庭が多く、具体的な話し合いが多くの家庭で行われていないことがうかがえます。話し合いに向き合うためにはどうすれば良いのでしょうか。

 「『話し合いが大切』とはどんな場面でも言われますが、対話ってすごく難しい。自分がどんな人間かを客観視できていて、自分の非を認める勇気がないと、対話ではなくただの自己主張で終わってしまいます。そうならないために必要なのは、言いたいことをいったん呑み込んで、自分の感情と向き合うことだと考えています」

読者の男性からは「家族のために働いていると言いながら、自分のために働いていたことに気づいた」などといった感想が寄せられたという
読者の男性からは「家族のために働いていると言いながら、自分のために働いていたことに気づいた」などといった感想が寄せられたという

 『たてがみを捨てたライオンたち』を読んだ男性読者からは、「自分の感じていた気持ちが言葉になっていた」という反響が寄せられたと言います。

 「自分一人ではモヤモヤしてうまく言葉にできなくても、小説や他人の発言を読むことで言語化できることってありますよね。この小説を読むことが、弱さや恥ずかしい感情も含めた自分と向き合うことになればと思っています」

 作中でも、直樹が自分自身と向き合い、可南子と腹を割って話をした結果、事態が解決へと向かっていきます。誰かと向き合う前に、まずは自分自身と向き合うことが、対話の鍵になりそうです。

■真剣に家族と向き合えば、必ず迷うもの

 さらに、夫婦でしっかり話し合いができたとしても、会社や家族からの理解が得られないこともあるかもしれません。その場合は、どのように考えるのが良いのでしょうか。

 「依然として男性が家事をすることに否定的な価値観を持つ親や、育休をなかなか理解してくれない会社もあるでしょう。ただ、そんな時こそ『誰と生きるか』を考えたい。一番そばにいる家族と気持ち良く過ごすために家事育児をすることが必要なら、どうにかして応えるべきだと思います。そんなにうまくできなかったり、周囲の目線を気にしてしまったりすることもあると思うのですが、そういう時こそ『自分は誰と生きるのか』を考えた方がいいのかなと」

 そう話す白岩さん自身も、不安を感じ、迷いながら日々の生活を送っていると言います。「悩まない日の方が少ないです」と笑いながら、こう話してくれました。

 「家事育児の分担といっても、それぞれの家族ごとに正解は違うでしょうし、『こうすべき』という明確なアドバイスは僕には言えません。でも、他人と良好な関係を築こうとすれば絶対に悩んで迷うもの。それはどの家族でも同じなんだと思います」

 家事育児に対する考え方は、パパの数だけあるはず。なんとなく抵抗感がある人は、まず自分とじっくり向き合ってみましょう。それが結果的に、家族と向き合うことにもつながります。

 今回の「パパズ・スタイル」では、東京都に暮らす夫婦の家事育児状況を徹底解説。様々な家族の家事育児のあり方を俯瞰して見てみることで、自分に生かせる発見があるはず。ぜひ、あわせて読んでみてください。

■パパズ・スタイルはこちら

(取材・文/小沼理[かみゆ])