一時は、アパートにもテロ現場から噴煙が流れてきて目が開けられなくなるほどで、数日後に緒方氏を見かけたときには、思わず駆け寄り、「大丈夫でしたか」と生活状況について、あれこれ会話を交わしたことを覚えている。

 緒方氏の元には、テロへの対応について意見を聞きたいと、国連の各部署や各国大使からの要請が相次ぎ、急速に忙しくなっている様子だった。

 その中で時間をもらい、緒方氏にテロの背景や今後の国際社会の在り方についてインタビューをした。

緒方貞子氏 撮影/村田和総(『日経ビジネス』2009年11月16日掲載より)
緒方貞子氏 撮影/村田和総(『日経ビジネス』2009年11月16日掲載より)

紛争地域が「忘れ去られる」ことへ警鐘

 緒方氏が語ったのは、世界の貧困地域や紛争地域に住む人々が「忘れ去られる」ことに対する、やるせなさや絶望感の底深さだった。当時、米同時多発テロの首謀者らをアフガニスタンが支援しているとして、世界の目は突如、アフガニスタンに注がれていた。だが緒方氏は「1年前に自分が難民支援でアフガンを訪問したときは、誰も同国に注目してくれなかった」と指摘し、国際的な無関心に強く警鐘を鳴らした。

 先進国が発展し、富裕層が増えても、一方で世界各地には生活がままならない人々が数多くいる。その人たちが「自分たちは忘れられている」と感じる気持ちを持っており、援助や支援でそうした気持ちや状況を減らさない限り、難民問題は前進せず、世界の安定した均衡が保ちにくいことがよく分かった。