男性の家事・育児参画を応援する、東京都のウェブサイト「パパズ・スタイル」。厚生労働省が「イクメンプロジェクト」を立ち上げ、家事・育児に積極的な「イクメン」が注目されてからもうすぐ10年。「パパズ・スタイル」では、環境が大きく変わる中で頑張るパパたちを応援しています。

その変化の中で近年注目を集めているのが、男性の育休取得。「イクボス」のように男性の従業員の育児参加に理解があるリーダーを指す言葉も登場し、企業単位で育休取得を推進する企業も増えています。今回は男性の育休取得率100パーセントを達成した、日本生命保険と積水ハウスに取材。育休取得を推進する企業に必要なことや、育休取得によって訪れた変化などをうかがいました。

■「育休を取れないほうが格好悪い」へ変革した日本生命

 男性の育休取得率は2018年度では6.16パーセントですが、政府は2020年度までに13パーセントへと引き上げることを目標としています。これをリードするのが日本生命保険。日本生命は取り組みを開始した2013年度から6年連続で、男性の育休取得率100パーセントを達成しています。取得者数は累計で約1600名。これは全男性従業員および管理職の約2割にあたります。

 「最初は『本当にできるの?』と懐疑的な社員が大半でした」。そう話すのは、日本生命保険人材開発部輝き推進室の笠原陽子さん。「しかし、当時の経営層が繰り返し発信することで、意識を変え、社内の風土を変えていきました」

 実施初年度から100パーセントを達成するのはハードルが高そうですが、笠原さんによれば「100パーセントでないと、『自分たちもやらなくていいや』と考えてしまうことがあります。『やらないとまずい』と思えるように、経営層のトップから100パーセントという目的を明確に示していただきました」

 管理職と育休取得者本人へのアプローチも必要です。管理職には、年初に部下から育休を含む休暇取得計画を提出してもらい、それにあわせて取得できるようなサポート体制を構築。また、本人には育休取得者の体験談や、現場でどのように育休取得をサポートしたかの事例を紹介することで、意識を変えていったといいます。

 「男性の育休取得期間は平均一週間で、一週間は有給扱いとしています。一週間であれば夏季休暇と同じ日数なので、男性社員からの抵抗も少ないです。今では『自分の休みをマネジメントできないほうが格好悪い』というように、社内の雰囲気が変わってきていますね」(笠原さん)

■できる家事育児が増えて、自信につながった

育休を取得した日本生命保険人材開発部課長代理の黒岩洋貴さん。食事の時間が特に大変で、1歳の次女がなかなか食べてくれず、夕飯に2時間以上かかったことも
育休を取得した日本生命保険人材開発部課長代理の黒岩洋貴さん。食事の時間が特に大変で、1歳の次女がなかなか食べてくれず、夕飯に2時間以上かかったことも

 実際に育休を取得した社員にも話をうかがいました。4歳と1歳の娘を持つ日本生命保険人材開発部課長代理の黒岩洋貴さんは、2019年9月に一週間の育休を取得。今回が二度目の育休取得でしたが、「仕事を休むことへの不安はなかった」と話します。

 「長女の時にも一度取得していて、当時から周囲がサポートする環境が整っていました。自分が他の育休取得者をサポートすることも多かったので、お互い様という意識がありますね。仕事をする上でも効率よく、自分がいなくてもお互いが困らないような仕組み作りを意識するようになりました」(黒岩さん)

 仕事よりも家事育児をこなせるかどうかという不安のほうが大きかったという黒岩さん。「普段は妻がワンオペで家事と二人の子どもの育児をしてくれています。その大変さを改めて感じました」

 育休の一週間で黒岩さんが目標としていたのは、次女の寝かしつけが一人でできるようになること。これまではママでないと寝かしつけることができませんでしたが、期間中は黒岩さんが寝かしつけに成功した日もあったと話します。

 「育休期間を経て、徐々に自分にも慣れてきてくれていると感じます。寝かしつけは時間がかかって大変なので、妻からもできるようになってほしいと言われていました。これからは妻が長女とお風呂に入っている間に、私が次女を寝かしつけることもできそうです」

 育休を経て、黒岩さん自身がどう変わったかも聞いてみました。

 「一週間過ごすことで、家族との絆が深まったと感じます。これまでは子どもと二人きりで数時間過ごすのも不安でしたが、今は丸一日でも問題なく見ていられると思います。やれることが増えて、自信につながりました。育休後は仕事があるので、期間中と同じように家事育児をするのはなかなか難しいと思うのですが、なるべく早く帰ってお風呂や寝かしつけをしたいと思っていますね」

■社長のスウェーデン視察がきっかけとなった積水ハウス

 積水ハウスも、男性の育休取得に力を入れている企業です。2018年9月から男性育休1カ月以上の取得を推進する「イクメン休業」制度運用を開始し、初年度に取得率100パーセントを達成しました。

 「イクメン休業の制度運用前から育休取得率自体は95パーセントほどだったものの、取得日数は平均2日。期間の短さが課題となっていました」。そう話すのは、積水ハウス広報部主任の槻並省吾さん。6歳、4歳、2歳の3人の子どもの父親で、この制度の利用者でもあります。

積水ハウス広報部主任の槻並省吾さん
積水ハウス広報部主任の槻並省吾さん

 積水ハウスが男性育休推進に舵を切ったのは、仲井嘉浩社長のスウェーデン視察がきっかけ。公園にベビーカーを押している男性がたくさんいる光景に衝撃を受け、すぐ社内調整に取りかかりました。

 「対象者全員が取得100パーセントを目指す方針でしたので、私自身も取得することを前提にチーム内で休業中の引き継ぎなどの話を進めることができました」と槻並さん。トップがしっかりと宣言し、100パーセントを目標とする点は日本生命とも同じです。

積水ハウスの「イクメン休業」取得推進ポスター
積水ハウスの「イクメン休業」取得推進ポスター

 育休取得期間は一カ月。対象者は3歳未満の子どもを持つ男性社員で、3歳の誕生日前日までに一カ月以上の有休を取得してもらい、最初の一カ月は有給です。一カ月まとめてである必要はなく、最大で4回に分けて取得できます。

 中には三カ月まとめて取得する人もいたそう。「有給は一カ月のため、それ以上は国の給付金を利用することになりますが、心理的なハードルは大きく下がったと感じます。やっぱり『育休を取りたいです』と手を挙げるのが難しいんですよね」(槻並さん)

■全体の流れを把握し、育休後も家事に参加するように

 槻並さん自身も2019年8月から9月にかけて、10日間の育休を取得しました。3回に分けて取得し、今後は12月、3月の取得を予定していると言います。

 「10日間程度であれば周囲のサポートを受けつつ、自分が育休の前後で頑張ることで業務に支障がでないようにできる。仕事を休むことへの不安はなかったですね」

 槻並さんが不安に感じていたのは、やはり仕事ではなく家事育児。「今回は妻もあえて手を貸さず、私が一人でやるようにしていたので、思った以上に大変でした。妻からは『大変さがわかったでしょ』と言われましたね(笑)。ただ、大変さ以上に、家族と過ごせる時間に幸せを感じました」

育休取得時の槻並さんのタスクリスト。一日のスケジュールから子どもたちの持ち物まで、びっしり書き込まれている
育休取得時の槻並さんのタスクリスト。一日のスケジュールから子どもたちの持ち物まで、びっしり書き込まれている

 大変さを通じて、家事育児への理解が深まったという槻並さん。育休を経て、家事育児の全体の流れを把握できたと話します。

 「平日は仕事で遅くなることがあり、具体的な家事育児分担は約束しきれないところがあります。このことは妻とも話をしました。でも、全体の流れがわかったので、『やり残した家事を帰ってからやることはできるから』と伝えています。洗っていない食器が置いてあれば洗うし、洗濯も途中の状態でも、その先何をすればいいかわかるから、と」

料理を手伝う槻並さんの長女。育休中、槻並さんは食事には特に力を入れ、自身なりに栄養バランスを考慮しながら献立を考えたという
料理を手伝う槻並さんの長女。育休中、槻並さんは食事には特に力を入れ、自身なりに栄養バランスを考慮しながら献立を考えたという

■育休は、パパが家族に向き合う時間

 日本生命の黒岩さんも積水ハウスの槻並さんも、育休によって家族と過ごす時間をこれまで以上に大切に感じることができた様子です。育児や家事への意識が変わり、具体的な行動にも変化が現れています。さらに、育休後の関わり方について妻と話し合うなど、夫婦間でのコミュニケーションの機会にもなっていました。育休は家事や育児をすることを超えて、「パパが家族に向き合う時間」と言えそうです。

 メリットの多い育休制度ですが、決して大手企業だけに認められたものではありません。2019年6月、国連児童基金(ユニセフ)は日本を含む41カ国の政府による2016年時点の子育て支援策に関する報告書を発表しました。これによると、給付金の支給制度を持つ出産休暇・育児休業期間の長さで、日本の制度は男性で1位の評価。日本の公的な育休制度が、世界的にみても充実していることを示すデータです。

 それにもかかわらず育休取得を妨げている原因には、育休取得に後ろ向きな企業が多く、職場の理解が得にくいことが挙げられます。しかし、理解を妨げる一因となっている「仕事に穴を開けるのではないか」という懸念点も、日本生命や積水ハウスのようなサポート体制によって対処できることがわかりました。しっかりとした体制を構築して男性の育休を推進する企業が増えていくことで、男性も育休を取得しやすい社会に変化していきそうです。

 そのためには、男性の一人一人が育休取得に前向きになるだけでなく、男性の育児参画に理解を示す「イクボス」の力が必要不可欠。東京都の「パパズ・スタイル」では、そんなイクボスが活躍する企業と制度を活用し、家族に向き合うパパを特集しています。ぜひ、あわせて読んでみてください。

■パパズ・スタイルはこちら

(取材・文/小沼理[かみゆ])