DV問題の場合、被害者のほとんどが警察に届け出ない

 先に、証拠がないことを理由に裁判官から暴力の存在を認めてもらうのが難しい、と書きました。それは日本も同様です。私が取材した人で、配偶者に殴られた傷跡をあえて撮影して写真に残していた人もいます。同じようにDVで離婚した職場の先輩から助言を受けて証拠を集めながら逃げる準備をしたといいます。脅迫の証拠もありましたが、配偶者側は暴力を振るったことを否定していました。

 取材経験から、映画で描かれる離婚、親権争い、事実関係の主張が夫婦で対立すること、そして暴力を振るっていた夫の妻に対する執着ぶりなどは、いずれも既視感がありました。「ああ、フランスでもこういうことが起きているんだ」というのが私の率直な感想です。ことジェンダー問題に関して、欧米諸国は制度・運用共に日本より優れている、と言われることが多いですが、この映画が見せてくれるのは、まさに今、私たちの身近で起きている問題でした。それも、人の生死に関わる問題です。

 DV問題が他の傷害事件と大きく異なるのは、被害者のほとんどが警察に届け出ないことです。その理由は複雑ですが、暴力を振るう相手に情が残っていたり、長年暴力を振るわれて被害感情が麻痺してしまっていたりと様々な理由があります。逃げるとより恐ろしいことになる、と思い込んでいる人もいます。客観的に見て危険な状況にあっても、被害者が加害者をかばったり逃げたりしない、かばったり逃げたり「できない」状況も、映画と日本の現実は重なります。

 映画の監督・脚本を手掛けたグザヴィエ・ルグラン監督は30代の男性でもともと俳優として活躍していました。2012年に初監督として手掛けた短編映画は、本作と同じテーマを扱ったそうです。DVをテーマにした理由の一つに、それがフランスの報道で取り上げられることがほとんどなく、現実にたくさん起きているのにタブー視されているためだそうです。

 映画の配給会社によれば、夫婦間殺人はフランスで174件起きており、うち148件は妻が被害者(2012年)ということです。日本では155件起きており、106件の被害者が妻です(2013年)。

ジュリアンは母と暮らしたい、父には会いたくない、と明言したが、その声は裁判官には届かなかった。隔週末は父と過ごすことになる。母の新居を執拗に探ろうとする父に ジュリアンは嘘をつくが…。
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