昨今、新聞などでも目にすることの増えた「ネウボラ」という文字。実は詳しく分からないという人も、まだ多いのではないでしょうか。ネウボラとは、フィンランドの出産・育児支援施設です。現在、日本の各自治体が創設を進めている子育て世代包括支援センターの中にも、このネウボラから名前をとって「○○版ネウボラ」と標榜しているケースが多くあります。では、ネウボラではどんな支援が受けられるのでしょう。ご当地版ネウボラとの上手な付き合い方とは?フィンランドのネウボラに詳しい大阪市立大学大学院看護学研究科教授の横山美江先生に伺いました。

画像素材:Halfpoint / PIXTA(ピクスタ)
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フィンランドのネウボラを参考に子育て支援拠点が増加中

 2016年の母子保健法の改正により、2017年4月から、「子育て世代包括支援センター」(以下、包括支援センター)の設置が、全国の市区町村の努力義務となりました。これは名前の通り、自治体の子育て支援センター。すべての妊産婦、子育て期の家族にワンストップで切れ目のないサポートを提供すること、それにより育児不安や虐待を予防することを目的としています。この“切れ目ない”支援システムを構築する際に参考にしたのが、フィンランドのネウボラの事業です。

 「ネウボラとは、フィンランド語で“相談の場”という意味。行政が、妊娠や出産、子育ての支援をする拠点です。日本でいう保健センターのようなものですね」。こう話すのは、大阪市立大学大学院看護学研究科教授の横山先生。実際にフィンランドを訪れ、現地でネウボラの活動について研究した経歴もお持ちとのこと。  「ただ、従来の日本の保健センターと決定的に違うのが、その地区の妊産婦や家族を、妊娠中から子どもが小学校に就学するまで、常駐している同じ保健師が継続して支援するという点です」

 フィンランドでは、妊娠が分かると、まず地域のネウボラを訪ねます。ネウボラには助産師の資格を持ち、出産・育児に関する高い専門性を有している保健師が診察室を構えていて、妊婦1人に1人の担当保健師がつきます。日本では、妊娠すると母子健康手帳の交付を受けるために自治体の窓口に行き、妊婦健診のために産科に行き、さらに母親学級のために保健センターや産科などに行くのが通例です。一方フィンランドでは、妊婦はネウボラの担当保健師の部屋に通います。担当の保健師は、母子健康手帳の交付や妊婦健診、乳幼児健康診断(以下、乳幼児健診)など、それらのすべてを支援してくれるのです。

 「妊婦だけでなく、夫やパートナー、上に子どもがいれば、その子どもに対しても健康診査をします。また日頃の生活習慣や出産・育児に向けての不安などを聞き取り、適宜アドバイスを行なって、家族の養育力を高めるための支援もします」

 フィンランドではほとんどの人が公立病院で出産します。その情報もすぐにネウボラに通知されます。担当保健師は、初産婦には必ず家庭訪問を行ない、その他の家庭にも必要に応じて家庭訪問を行ないつつ、新生児の検査や産婦の体のケア、新生児育児のやり方や家庭環境の整え方、きょうだいへの配慮の仕方、避妊の方法などを夫婦に助言。

 「以降、子どもが6歳になるまで、少なくとも15回は担当保健師による健康診査が実施されます。予防接種も基本的にネウボラで受けます」

 まさにワンストップ。頼りになる親戚のような近さで、担当保健師が家族の心身の健康を支えてくれるわけです。

フィンランドでは母親手当の一つとして、社会保険庁から赤ちゃん用品の詰め合わせ「育児パッケージ」が妊婦に贈られます。これも妊婦健診の動機付けになっているようです。(写真提供:横山美江)
フィンランドでは母親手当の一つとして、社会保険庁から赤ちゃん用品の詰め合わせ「育児パッケージ」が妊婦に贈られます。これも妊婦健診の動機付けになっているようです。(写真提供:横山美江)

不安のタネは初期に解消、パパの育児参加もスムーズに!

 「ネウボラを核にした母子保健システムを始めてから、フィンランドでは深刻な児童虐待件数が極めて少なくなっています」と、横山先生。その理由を伺いました。

 「第一に、課題を早く見つけることができるからです」

 先にも触れたように、日本では、妊婦健診は自分で選んだ産科で受け、乳幼児健診は保健センターで。子どもの心配は小児科に行き、母親の不調は内科や婦人科に相談します。例えば妊婦健診を受けなくても、どこかの機関から受診を促されることはまずありません。産後、育児疲れが募っても、タイミングよく乳幼児健診等があれば気付いてもらえますが、そうでなければ自分から相談先を探して訴えない限り、助けの手は差し伸べられません。日本では保健センターが切れ目ない支援をする役割を担っていますが、必ずしも一人の担当者が対応するとは限らないため、利用者の些細な変化をとらえることが難しい状況があります。そのため、早期から適切なサポートを受けられないという事態が起こってしまうのです。

 対してネウボラでは、同じ保健師に赤ちゃんのことも自分のことも、夫婦関係のことも相談できます。その都度同じ担当保健師に専門家としての解決策を提供してもらえるので、SOSが見逃されるリスクが減ります。

 「しかも妊娠中から夫婦のことを知っているので、何か問題が起こった時にすぐに気付くことができる。ネウボラが機能するうえで、担当保健師制は非常に大切です。保健師がその場で解決できないような課題がある夫婦に対しては、保健師が必要な支援サービスにつなげます。例えば飲酒をやめられない妊婦には禁酒のプログラムを受けさせたり、若年夫婦で養育力の弱さが認められた場合はカウンセリングや自助グループの活動への参加を促したりするなど、実際に家庭への支援が必要な場合にサポートを受けられます。こうすることで、課題を早期に解決でき、虐待への発展を避けられるのです」

 日本で問題を抱える家族は、保健師が訪問しても問題を隠そうとしてドアを閉ざすことが多いそうですが、フィンランドでは反対に、虐待してしまいそうだという夫婦が、自分からネウボラの担当保健師に助けを求めに行くこともあるとか。

 「また妊娠初期の段階から、両親学級や面談などを通し、夫やパートナーの育児参加を強く促すのも特徴です。フィンランドはヨーロッパで唯一、母親より父親の育児時間が長い国なんですよ」

 母親の育児負担が軽減されるほか、父性が育まれて父親からの虐待が減ります。夫婦の足並みが揃うことで夫婦関係もよくなるもの。総じて良好な育児環境になるというわけです。

 さらに、ネウボラでは子育てサークルの活動も盛んで、子育て仲間も作りやすいのだそうです。その面からも、母親や夫婦が孤立せずに済み、やはり虐待が生じにくくなります。