「学力」という言葉の意味が最近変わってきているのをご存知ですか? これまで学力は「学んで身についたもの」という考え方でしたが、現在ではそれは一部に過ぎない、という考え方が主流になってきています。では、わが子と保護者にとって本当に大切なことはなんなのでしょうか。安田教育研究所代表の安田理氏にお話しいただきました。

 保護者が中学受験で学校に求めていることを最大公約数的に端的な言葉で表すと、「わが子の武装化」ではないでしょうか。わが子はこれまでにない厳しい時代を生きる、その戦場を勝ち抜いていけるだけの多彩な武器を与えてやりたい……。これがいまの保護者に共通している思いだと思うのです。

 一方、学校と保護者の橋渡し的なことをしている私からすれば、現在は、学校の在り方が非常に難しい時代です。以前は、次の進路に向けて、より有利と思われる学校を選んでいた保護者が多数派だったように思いますが、いまは人によって学校選びの視点はさまざまになっています。学校というものを社会の中で、あるいは人生の中でどういった存在として価値を置くかが、違ってきているのです。

 「学力観」についても、これまで多くの保護者は、学んで身についたものを「学力」と意識してきました。が、いまは学力の3要素とされる「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」のうちの最初の1つに過ぎなくなっています。これまでは塾にお任せしておけばよかったものが、どうも家庭の関与の仕方が大事だと気づき、大変だと思っています。

 わが子が受ける大学入試も3要素を測るものになるのですから、保護者はどれに比重を置いたものか悩んでいます。子育てにおいて何に比重を置くかから始まり、学校選びにおいても何を重視するか迷っています。

安田教育研究所代表 安田 理 氏
安田教育研究所代表 安田 理 氏

今の子どもたちは75歳まで働く

 「学力の3要素」が言われ出した背景にはもちろん「グローバル化」「IT化」といった 社会・時代の変化があります。AIの発達によりいまある仕事の49%が無くなるといわれ、 TVのニュースを見れば企業がグローバルな競争にさらされていることは一目瞭然です。わが子は自分が知らないような厳しい環境のもとで生きていかなければならない、心配になるのは当然です。その心配が冒頭の「わが子の武装化」につながっているわけです。

 それで中学受験では、英語の4技能を確実に身につけさせてくれる学校、プログラミング能力を付けてくれる学校、そのほかプレゼンテーション、論理的思考力……など、「21世紀型スキルを付けます」という学校に受験者が集まるのです。

 「先行きの不透明さ」を強調するニュースが多いと、私たちの発想はどうしても「就職に不利にならないように英語は不可欠」「AIに仕事を奪われないようにICT技術はしっかり身につけさせたい」といった「リスク回避」の方向に行きがちです。が、「~しないように」と先回りするリスク管理の発想は、実は子どもの将来を縛ってしまうこともあるのではないでしょうか。

 最近政府が「70歳」まで雇用を延長するよう企業に働きかけています。もちろん年金の支給時期を遅らせたいという事情が背景にあるのですが、平均寿命などの伸長を考えると、今の子どもたちは75歳まで働く可能性は高いと考えられます。

 企業の統廃合も一段と激しくなり、「終身雇用制」も崩れる今後は、1企業で40年以上永年勤続できるとは考えにくいでしょう。同じ企業や業種の仕事で一生を終えられるとは限りません。いわば「二毛作」「三毛作」の人生がふつうになってくるのではないでしょうか。

 そうなると、必要となるのは「方向を変える力」や「再び立ち上がる力」だと思います。環境や業種が変わっても、その中で自分らしさを生かせる働き方を見つけて、幸せに生き抜く力、「自分はどこでも生きられる」という自信とたくましさが、今後ますます必要になると思うのです。

 そのようなたくましさは、どうすれば身につくのでしょうか。「何が近道か」「何が安全か」を先回りして教えるより、子どもの中に真の望みや意志が生まれるまで「待つ」ことが、大切なのではないでしょうか。

エネルギーを育てたい

 いま学校を訪れれば、英語の4技能を伸ばすために、「ネイティブ在住の校内英語村」「オンライン英会話」「洋書の多読」「セブ島研修」「英検対策講座」……ありとあらゆる環境が整えられています。が、実際のところはそれほどの効果は上がっていません。

 以前、北海道・旭川のある女子校を訪ねたときに、地域の行事で学校を代表して英語でプレゼンテーションをした女子高生がいました。終わった後、「彼女はどんな勉強の仕方をしたのですか」と先生に尋ねたところ、「彼女は市内の出身ではなく、郡部の中学校出身です。偶々その学校にJET プログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)で来ているネイティブがいて、その人に食らいついて学んだと言っていました」という返事。

 もう1つ私が経験した事例をお話ししましょう。
 知人のメガバンクの行員が主宰する「経済指標研究会」(大学生の横断サークル)の忘年会での話です。私の隣に一人の女子学生が来ました。「何大学で何を専攻しているの?」と尋ねると、「お茶の水女子大で心理学を学んでいます」「えっ、この会で心理学専攻の人は出会ったのは初めてだな。どうしてこの会に?」「私、留学生です」「えっ、すごく日本語が上手だから日本人と思った。どこから来たの? 中国? 韓国? 台湾?」「中国の西安です」「そんなに遠くからよく来たね。親戚か知人がいるの?」「いません」「日本語が上手だけど、1年前に日本に来て日本語学校で勉強したの?」「西安で勉強しました。西安には日本語学校はないので、自分でオンラインで勉強しました」

 私たちは、つい環境を整えてあげようしがちです。いまお話しした2つの例からわかることは、むしろ子どもたちに必要なのは、自分なりの目的地を定め、そこに「行きたい」と願う強いエネルギーではないでしょうか。

 私たちは、エネルギーが生まれる前に、「どちらの道が効率がいいか」「安全か」を教えようとしている、都合のいいスキルを身につけさせようとしていると思うのです。エネルギーは、好きなことに夢中になった経験を通して育っていきます。子どもの望みや意志が生まれ育つのを辛抱強く待ち、好きなことに精一杯打ち込めるよう応援することがいちばん大切なことではないでしょうか。

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