人間形成を柱とし、本物に触れる教育実践を通して、主体性と協働性を育んでいる多摩大学附属聖ヶ丘中学高等学校。同校では、夏休みに教科を離れた探究講座「A知探Qの夏」を開催している。虐殺の歴史を持つカンボジアを訪れ、国際貢献について考える講座もその一つ。今回はそのねらいと内容について教務部長の那須俊也先生に話を伺った。

当時の悲劇を物語るトゥールスレン博物館の展示
当時の悲劇を物語るトゥールスレン博物館の展示

 キリングフィールド──。ポル・ポト政権下のカンボジアでは、100万人以上が虐殺されたとされ、各地に多くの刑場がつくられた。現在、その跡地は「キリングフィールド」と呼ばれており、首都プノンペン郊外には、その最大規模のものが残っている。「A知探Qの夏」講座の一環として行われた「カンボジアスタディーツアー」は、ここから始まった。

 「この講座の目的は、途上国の現状と課題を学び、自分に何ができるかを考えてもらうことですが、まずは、自分の目で、人類の負の歴史に向き合ってほしいと考えたのです」と話すのは、このツアーを企画・引率した那須俊也先生だ。この後、孤児院や小学校を訪問し、カンボジアの“今”を体験する5泊6日の旅が続くことになる。

教務部長 那須 俊也 先生
教務部長 那須 俊也 先生

本物に触れることで本質に迫る集中講座

 「A知探Qの夏」は、夏休みの4日間を使って、好きなことを探究する講座だ。中学生向けの補習講座や、高3生向けの受験対策講座なども開設しているが、こうした教科の勉強とは全く異なる学びを経験できる講座もある。たとえば、英語のレシピで料理をつくる、伝統芸能を観に行く、ルアーを使ったマス釣りを体験する、尾瀬を歩く、中国百科検定に挑戦する……など、毎年約30講座が開講されている。

 那須先生が企画した「国際貢献~誰かのために役立つことを考える~」も、そうした講座の一つとして2018年の夏から始まった。4年前の修学旅行でカンボジアを訪れた生徒が、国際貢献活動に意欲的になり、高い教育効果が確認できたことから「A知探Qの夏」に組み込まれた。

 多くの講座は、4日間で完結するが、なかには最終日にフィールドワークを行ったり、別日程で宿泊を伴ったりするものもある。本物に触れることで、本質へと迫る教育として、同校が力を入れている活動だ。「いずれは、冬期講座や春期講座、通年実施といった形にしてこうと考えています」と那須先生は将来の構想を語る。

毎月、勉強会を重ねカンボジアへ出発

 「国際貢献」講座も、そうした連続講座で、春休みに途上国であるカンボジアを訪問する「カンボジアスタディーツアー」を締めくくりとし、その準備も兼ねた講座として開講。夏休みが終わっても、毎月1~2回集まっては勉強会を重ねた。

事前にカンボジア人留学生からクメール語の初歩を学んでから出発
事前にカンボジア人留学生からクメール語の初歩を学んでから出発

 カンボジアの歴史や文化について勉強するのはもちろん、カンボジアでボランティア活動を行っているNGOの方や、上智大学のボランティアサークルの学生を外部講師として招き、現地の実情や活動内容について話してもらう機会も複数用意した。また、国内に住むカンボジア人留学生にも何度か来てもらい、現地の言葉であるクメール語の初歩も学んだ。

 現地では孤児院や小学校を訪問するため、自分たちにできるささやかな国際貢献についても考えた。文化祭では孤児院の子どもたちへの寄付を募ったり、不要になった文房具を集めたりしたほか、現地の子どもたちと交流を図る手段の一つとして、あやとりなど日本の伝統的な遊びも教わった。

 こうして半年間にわたる準備を経て、3月25日、28人の生徒たちはカンボジアへ向かう飛行機に乗り込んだ。

 「国際貢献に興味がある生徒や、単純に海外に行ってみたい生徒のほか、親から『観光では訪れることがない場所だから』と強く勧められて参加した生徒もいました」(那須先生)

言葉が通じなくても積極的に交流した

遺跡の修復に携わる日本のNGOのスタッフの話を聞き入る生徒たち
遺跡の修復に携わる日本のNGOのスタッフの話を聞き入る生徒たち

 最初の訪問地プノンペンでは、まずキリングフィールドを見学。そこには強制収容所跡地を利用したトゥールスレン博物館もあり、日本語の音声ガイドに耳を傾けながら見て回った。生徒たちはあまりに真剣に聞きいっていたため、予定時間の終了間近になっても、半分も見学できていない状況だったそうで、「もっと時間がほしかった」と感想をもらしていた。

 「事前に勉強はしたものの、聞くと見るとでは全く印象が違ったようで、最初にキリングフィールドを体験したことで、それなりの心構えができたのではないかと思います」(那須先生)

 プノンペンでの見学を終えると、シェムリアップに移動し、3日間で孤児院2か所と、小学校を訪問した。最初に訪れた現地の方々が経営する孤児院では、カンボジアの伝統芸能であるスバエク(影絵)の作り方を、孤児院の子どもたちに教わった。

カンボジアの伝統芸能「スバエク(影絵)」を孤児院の子どもたちから学んだ
カンボジアの伝統芸能「スバエク(影絵)」を孤児院の子どもたちから学んだ

 日本人が経営する孤児院では、なぜこうした活動をするようになったのかなどについて、真剣に話を聞いていた。さらに、アンコールワットの修復を手がけている日本のNGOのスタッフにも話を聞くなど、現地で国際貢献活動に携わる多くの日本人に接することで、いろんな貢献の仕方があることも学んだ。

 また、小学校では日本の遊びを子どもたちに教えた。言葉が通じなくてもメモをとるなど積極的に交流しようとしてくれる子どもがたくさんいて、生徒たちは現地の受け入れ施設から歓迎を受けていた。

 「自分たちで集めた文房具を寄贈したり、日本の遊びを教えたりといったことも国際貢献には違いありませんが、それ自体が目的ではありません。この経験を活かして、大学生や社会人になったとき、人のために、世界のために役立つことを考えることができるようになってくれればと思います」(那須先生)

 「カンボジアスタディーツアー」は、今年も継続して実施される予定で、すでに31人が申し込んでいる。那須先生は、「現地の受け入れ状況から、これ以上の規模拡大は難しいため、カンボジアは他の先生にお願いし、私自身は別の国や地域で生徒の視野を広げるような新たなスタディーツアーの企画を考えたいと思っています」と、今後の抱負を語った。

「カンボジアスタディーツアー」参加者インタビュー

左から安瀬晴香さん、林美菜子さん、柿﨑杏莉朱さん
左から安瀬晴香さん、林美菜子さん、柿﨑杏莉朱さん

─ なぜ、この「カンボジアスタディーツアー」に参加しようと思ったのですか。
柿﨑 異文化や世界に興味があり、その系統への大学進学を考えていたため、企画の話を聞いた瞬間に参加したいと思いました。中3の修学旅行でニュージーランドに行きましたが、もっと日本に近い東南アジアについても、自分の肌で感じてみたいと思ったからです。

 世界史の授業でアンコールワットについて学び、行ってみたいと思っていました。「A知探Qの夏」で国際貢献について学んだり、上智大学のボランティアサークルの活動報告会を見に行ったりするうちに、現地の様子を実際に見てきたいという思いが一層強くなりました。

安瀬 子どもが好きで、小さな子どもたちと触れ合える機会があると聞き、参加を決めました。高校生のうちにボランティアを経験してみたいという思いもあり、寄付を募る活動にも惹かれましたが、この目で海外を見てきたいということが最も大きな動機でした。

─ どんなプログラムが印象に残っていますか。
 孤児院を訪問するプログラムです。想像していたのとちがい、どの子どもも明るくてフレンドリーでびっくり。昔の日本のように、地域で子どもたちを育てる習慣が残っており、たとえ親がいなくても子どもたちの居場所があると聞き、考えさせられました。

安瀬 何といっても孤児院の子どもたちの笑顔が本当に素敵でした。あやとりを教えようとしたときに、現地の子どもたちのほうが私たちよりも知っていて、ちょっと驚いたことも覚えています(笑)。ただ、食生活が十分でないのか、みんな小柄だったことが気になりました。

柿﨑 トゥールスレン博物館が印象に残っています。虐殺されていた当時の状況がそのまま残されていて、現実に起こったことだということは頭では理解できるのに、感覚がついていかないというか、あまりに悲惨すぎて、想像が追いつかない現実があるということにショックを受けました。

日本人が運営するスナーダイクマエ孤児院にて
日本人が運営するスナーダイクマエ孤児院にて

─ このツアーを通して学んだことや、将来について考えていることを教えてください。
 生きていくにはお金が必要で、貧しいことは不幸なことだと思っていましたが、貧しくても周りの大人たちや環境から得られる幸せがあるかもしれないと思えるようになりました。将来は、医療関係に進みたいと思っていますが、国内で働くだけでなく、海外に出て支援活動を行うことについても惹かれるようになりました。

柿﨑 現地の方々とふれあうことで、コミュニケーションの意味を再確認できました。言葉がわからなくても、自分の伝えたいことを何か行動で示すことが大切だと理解することができました。国際貢献についても、国レベルでなくても、NGOなど個人レベルでの参加も可能なことがわかったので、大学ではそういうことを勉強したいと思います。

安瀬 現地の子どもたちの状況を知ったことで、自分がどれほど感謝すべき環境にいるかを痛感しました。その一方で、子どもたちの笑顔は本当に素晴らしく、ぜひその笑顔を世界中に伝えたいと考えるようになりました。将来はカメラマンになって、カンボジアだけでなく、世界中の子どもたちの笑顔の写真を届けたいと思います。

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